「最近夜中になると地響きのような音がするんだ」
「へ?」
それはいつもどおりの日常。灼熱の日差しが差し込む砂漠のど真ん中、緑溢れるオアシスの遺跡内で仕事をこなしている最中のこと、仕事を終わらせたアヌビスである先輩がふと思い出したように口にした。
「地響き、ですか?」
「ああ。ここ最近ずっと響いてる。人間であるユウタにはよくわからないだろうが私たちは耳も優れているからな、よく聞こえるんだ」
「あー…」
先輩はアヌビスという魔物らしい。見た目褐色肌の美女であるが頭の上に生えた犬のような耳や手足がその証拠。犬であるのならば人間よりも聴覚が優れているのもうなずけるだろう。
「教団の者…ではないだろうからきっと『アレ』だろう。ユウタ、くれぐれも外に出るときは気をつけておくんだぞ?」
その一言とともに先輩はドアを開け、部屋から出ていってしまった。
夜中に聞こえる地響き、か。
未だにこの世界の常識を把握できていないオレにとっては毎日が驚きの連続だ。先輩のような見た目人間だけどどこか違う、魔物という存在や彼女やオレが仕える主のファラオ様、アレイアが使う魔法など現代で生きていた時には全く想像できないものばかり。
何が起きるかわからず周りにはびっくり箱のような驚きが転がっている日々。そんな中でも先輩が先程言った『アレ』というのには一つ引っかかるところがあった。
「…っていうか、あいつ以外に考えられないよな」
一人呟いて書類を片付ける。今夜は何を作って言ってやろうか、あいつは何が好きだったかと考えながらオレは部屋を出ていった。
灼熱の日差しが消え、代わりに凍える夜風が吹き付ける暗闇の中。空には何も遮られることなく月と星が輝き、足元を照らし出していた。突き刺すような寒さの中、オレは一人手に包みを持って緑溢れるオアシスを歩いていく。
「…寒いな」
もう何ヶ月もこの地に住み暮らしているのにやはり慣れないものは慣れない。時折吹いてくる砂嵐や昼間と夜中の温度差なんかには未だに困ってしまう。
オアシス内でも襲ってくる容赦のない寒さの中を普段の学ラン姿にすすけたマントを羽織って歩いていくとオレはある場所で足を止めた。
「…」
オアシスと砂漠の境界線。踏めばじわじわと沈み込む砂の空間。僅かな風でも舞い上がる細かな粒の中に月でも星でもない何かが輝いていた。
赤い、大きな円。
人工的なものではない、まるで宝石のようなそれへ一歩踏み出して近づいた途端、反応するようにぴくりと動く。
それこそがオレの探していたものであり、先輩が言っていた地響きの原因だろう。
「…」
オレはそれへ向かってもう一歩踏み出すと次の瞬間、砂が巻き上がり隠れていたものが姿を現した。
僅かな月明かりを遮り影らしてしまうほど巨大で長い体。宝石のように輝く、並んだ赤い円。しなやかに曲がるも硬そうな甲殻に鋭く光る円状に生え揃った白い牙。そして、そこから両手を広げて飛び込んでくる鮮やかなピンク色の人間の姿。
「ユウター!!」
まるで獲物を捉えるように飛びかかってくる目の前の存在に対してオレは大股一歩後ろに下がる。すると届くハズだった指先が掠りもせずに彼女は緑生え広がる地面に激突した。
「………痛いよ〜」
「そりゃ飛びかかってくるからだろ」
「受け止めてくれてもいいのに」
「受け止めたらそのまま食われかねないんだよ」
そう言ってやると彼女は―サンドウォームのヴェルメは怒ったように頬を膨らませて体を起こした。
怪物と呼ぶに相応しい固い甲殻で覆われた長い体から這い出てきた女性。それがヴェルメの本当の姿。特徴的なのは人間らしくない薄いピンク色をした肌に花のような桃色の長髪だろうか。こんな怪物の口の中から出てくるところからして人間なんて言えないだろうが、それでも彼女は人間にしてはあまりにも美しすぎた。
細い眉に切れ長で大きめの赤い瞳、すっと通った鼻筋。にへらと笑みを浮かべた唇に瑞々しい頬。どことなく優しげなお姉さんらしい顔立ちをしているが女性の中では確実に美人の部類に入るだろう。それだけではなくたわわに実った胸にくびれた腹部、魅力的な臀部のラインと彼女の体はあまりにも完成されていた。
全身には粘質の液体が滴っているが月明かりに照らされて艶やかに映し出される姿はあまりにも美しく、扇情的だった。
オレがこんな常識はずれの女性、ヴェルメと知り合ったのはもう半月ほど前になるだろうか。
ある夜寝付けないから一人このオアシス内を歩いている時にオレはヴェルメを見つけた。いかにも化物という風貌の長く大きな虫の口からはみ出した女性の部分。最初見たときは女性が食われているのかと慌てたがそうでないことを理解するとオレは彼女に歩み寄っていった。
「お腹、すいたよぅ」
砂中に潜り獲
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