迷いと貴女とオレと路 中編

無機質な机の表面をそっと撫でる。
それは撫でたオレの体温をわずかながらに奪っていく。
…あまりにも現実的過ぎる。
机から感じる硬さ、温度、はたまた香りそれ全てが本当に存在しているんじゃないかってほど感じられる。
ためしに自分の席の机の中を確認する。
中には化学の教科書、ノート、そしてなぜかあるカビたパン。
一番右の一番前の机の中を確認する。
中には分厚い週刊の漫画雑誌。
…これ続きまだ読んでなかったな…。
最後に教室の掃除道具入れのロッカーを開け、下のほうを確認する。
下にある金属板を外して、そこにあったのは―
「…!」
あった。本当にあった。このクラスの勇者が隠し持ってきた男の宝が。オレ達の財産が。すなわち、
エロ本が…。
「…。」
何事も無かったかのようにその本を戻す。
何から何までこの空間はオレの知っている教室だった。
嘘だろ…。オレはもうここには戻って来れないはずなのに。
幻かと疑ってもこの手に伝わる感覚は本物だろう…。
オレは…帰ってきた?
…それはない。きっと無いだろう。
ここはおそらくかぐやさんが作り上げた幻の世界。
そして、ゲーム。
かぐやさんとオレの、鬼ごっこ。
かぐやさんの言っていた『迷い』。おそらくそれが今のこの空間だろう。
…『迷い』か…。
迷ってんのかな、オレは。
オレはまだこの空間に、オレのいた世界に悔いでも残してきっけか?
そんなことを考えていると廊下のほうで音がする。

パンパンっ

手を叩くような、肌と肌がぶつかる乾いた音。
その音に続くは高くきれいな女性の声。

「鬼はんこちら。手のなるほうへ…。」

「!」
かぐやさんのものだった。
成程ね…。オレの記憶の中での鬼ごっこか…。中々洒落たことしてくれるじゃんか。
ゲームをするからには…負けるわけにはいかないよなぁ!
この校舎の中全部を使ってまで逃げ切れる範囲は限られる。
外に逃げて…という手もあるがここは教室。
外に出るにはここからかなりの距離がある昇降口まで行かなければいけない。
さっき聞こえた声は廊下から…。
それも、昇降口とは反対側の方だった。
それなら、行ける。
三年間通い続け、校舎全体を把握しているこのオレに地の利はあるといってもいい!
オレはすぐさま駆け出した。
廊下に出るなり声のした方へと走り出す。
いくつもの教室の前を通りながら横目で中を確認する。
誰もいない教室がいくつも続いた。
…どうやらここにいるのはオレとかぐやさんの二人だけってことか。
尚更好都合。存分に校舎内を走り回れる!
三年の教室は南校舎の三階にある。
屋上は北校舎にしか存在しない。
なら逃げ道を塞ぎ、北校舎に追い詰めるというのも手だ。
一年の教室がある一階。
二年の教室がある二階を走りぬけオレは足を止めた。
どーやら南校舎にはいないようだ。
なら、北校舎か、体育館か、校庭か…。
校庭は隠れるとこがないから行くのはやめよう。
体育館は最後にするか?
そんなことを考えていたら再び、聞こえてきた。

パンパンっ

「鬼はん、こちら。手のなるほうへ…。」

声のしたのはオレの目の前。
南校舎から北校舎へ行く途中の渡廊下の向こう側。
そこにかぐやさんはいた。
「!!」
金色の髪をなびかせて。
口元を押さえ、微笑んだ。
「こっちやで、ゆうたはん。」
誘うように、言った。
「見っけたぁ!」
即行動!
オレはかぐやさんに全力で飛びつき、抱きしめる―が!
「―!?」
まるで霞でも抱きしめたような感覚…それすなわちオレの腕の中に入っているだろうと思えたかぐやさんの体は、かぐやさん自身は消えていた。
煙のように、空気のように。
はじめから何も無かったかのように…。
「…!?どーゆーことだよ…。」
足でブレーキをかけ、止まる。
まるで狐に化かされてるみたいじゃないか…。
…あ、今実際に狐に化かされてるじゃん。
左右を確認しても誰もいない。
右には職員室だが扉の開いたような気配も無い。
左の視聴覚室も同じだ。
いったい何所へ…!?
とにかく歩き出す。
止まってても仕方が無い。
かぐやさんから捕まりに来てくれるわけじゃあないんだから。
とりあえず上の階に行こうと階段を上ろうと顔を上げた。

「ふふふ、こっちやて。」

「!」
いた!
二階と三階の間、階段の踊り場でくすくす笑うかぐやさんの姿。
オレは階段を駆け上がる。
今度こそ!
かぐやさんを捕まえるために飛びつこうと階段の最後の段に足を乗せた、そのとき。
ゆらりと、
かぐやさんの姿が揺れ、消えた。
「!?」
目の前から、跡形も無く。
いったい何なんだよ!?
目の前に現れちゃ消えて、馬鹿にされてるみたいじゃないか!

「こっちこっち。」

まただ!
今度は姿はない。
上の階、いや、三階よりももっと上から聞こえた。
そこにあるのは確か―

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