「交尾、しようぜ…♪」

早乙女結衣。
それは中学時代から関わりのある女性だが、あの時はそれほど親しい仲ではなかった。ただの担任と生徒、それだけの関係だった。クラスで顔を合わせ、生徒と教師の良好な関係を続ける。学び、質問し、発表しては黒板に書かれたものを写す。ときに雑談を挟んだり、冗談を言ったりと女性の先生にしては付き合いやすい人だった。
それでも別段仲が良かったわけではない。こうして自宅に招かれることだって本来ならなかったし、早乙女先生と二人っきりで話すようなことは進路指導ぐらいだった。
あの時までは。
中学校卒業間近、他の生徒も皆進学先を決定し、後は準備や合否の結果を待つだけのとき。その日は授業もなく合格が決まってる人だけで掃除をしていた時だった。
オレも先に合格を決めて皆と一緒に掃除をしていた、はずだった。
本来ならば。

「なぁにこんなところで腐ってんだよ、黒崎ィ」
「…なんですか、早乙女先生」

体育館裏、誰も来やしない静かな場所でただぼけーとしていたオレに声をかけてきたのはフランクな笑みを浮かべる早乙女先生だった。

「別に今は授業なんてない時期だし、皆ただ掃除してるだけじゃないですか。一人いなくなっても大差ありませんよ。それに先生は皆見てないといけないんじゃ?」
「別にあたしがいなくてもやってくれるし。それにだりぃよ」
「あんたそれでも教師か」

そう言って彼女は静かにオレの隣に腰を下ろした。鬱陶しく思い、距離を取るように一歩横へずれると彼女もまた一歩ずれる。さらに一歩進めばまた一歩。それどころか足を止めても近づいてくる。
これ以上端のほうへと行けば体育館の周辺を掃除している奴らに見つかってしまう。仕方なくオレはその場に留まることとなり、隣に早乙女先生が座ることとなった。

「…………なぁ、黒崎ィ」

何も言うことなくじっとして、嫌ではないが良くもない沈黙を破ったのは早乙女先生だった。こちらは顔を向けることなくただ上を見上げながら返事をする。

「何ですか?」
「あたしは別にあんたがしたことは間違っちゃいないと思うぜ?」
「…何ですか急に」
「いや、あんたがすごい落ち込んだ顔してたからさ」
「……オレはやりたくてやっただけですよ。高校には合格取り消しされちゃいましたけど」
「酷いもんだ」
「別に。高校行かなくても働けますし」

吐き捨てるようにそう言ったオレに対して早乙女先生は一瞬だけ、ほんの一瞬だけいつもとは違う表情をしたっけ。普段は楽しそうに笑ってるあのダメ教師をあんな顔にさせたのだから、あの時のオレは傍から見るとそうとう落ち込んでいたのだろう。

「…なぁ、どうだよ黒崎。あんたの成績それなりにいいから、狙ってたとここよりも下になるけどそれでも行ける高校沢山あるんだ。問題起こしたことで多少制限つけられるかもしれないけど、行ってみないか?」
「…制限って例えば何ですか?」
「そうだなぁ…あたしが監視役として黒崎の担任になるとか」
「嫌ですね」
「おぅ、言ってくれるねぇ」

そう言っていつものように笑い、彼女は立ち上がってオレを見た。

「胸を張りなよ、黒崎。あんたは間違っちゃいなかった。あやかも無事だった。世間様は冷たいけどそれでもあたしはあんたの味方になってやるよ」
「…」
「どうだぁ、あたしかっこいいだろぉ?」
「…それ言っちゃダメじゃないですか」

なんだかんだであの女性には返しきれない恩がある。今こうして高校に通えるのも、これから先まっとうな人生をやっていけるのも早乙女先生のおかげといっていい。あの頃の早乙女先生には感謝してもしきれないだろう。あの頃の早乙女先生には。
だというのに…。
なんで今はあんなふうになっちゃったんだろう。中学時代の頃はまぁ、問題はあったが今ほどでもないし、少し荒いけどちゃんとした先生だったのに。あんな婚姻届出して迫ってくるような女性じゃなかったのに。
それを言うとうちの師匠も同じだ。彼女も同様で早乙女先生と同じように助けてもらったのだが、あの人もあの人で昔は凛としてクールな感じだった。
人っていうのはいや、女性っていうのは時間の経過と共に大きく変わってしまうのだろうか。





天井から雫の垂れる音にハッとする。体がだるく、お湯に沈みそうになっている状態からしてどうやら少し眠りこけていたらしい。
眠気を払うように湯を掬って顔を洗うと脱衣所から聞こえる物音に気づいた。

「黒崎ぃ、ジャージここに置いとくぞ」
「はーい」
「下着も置いとくからな」
「はーい?」

脱衣所に出ると畳まれたジャージとタオルを見つけた。体を拭いてジャージを広げてみるとサイズはちょうど良さそうだ。藍色とピンク色の、いかにも女性が着そうなデザイン。というか、女性の家に男性用の服があるわけないか。
でもこれ体育祭に早乙女先生が着てるの
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