「黒崎君、ちょっといいかしら?」
透き通った綺麗な声が騒がしい教室内でもオレへしっかりと届く。その声を聞いて今まで騒いでいた生徒は皆羨望の眼差しをこちらへ向け、逆に一人がニヤついた意地の悪い笑みを浮かべた。
「…何ですか?」
「話したいことがあるから放課後視聴覚室まで来てくれないかしら?」
そう言ったのは黒板前に立っている一人の女性。
早乙女結衣先生。
数学を受け持つこのクラスの、オレと京極の担任の先生だ。特徴的なやや赤みがかった茶髪にぱっちり開いた大きな目。すっと通った鼻筋に整った顔立ち。顔を見れば十分美人の類に入るのだがいいのは顔だけではない。
スラリと伸びた長い足と腕。さらにはそれなりに大きな胸。やや高めな身長とスタイルはこの学校の男子生徒だけではなく、女子生徒や先生からも羨望の眼差しを向けられるほど。
ただ奇妙なことに今日はその特徴的な髪の毛をヘアバンドであげて、さらには両手両足を隠すように長めの手袋とブーツを履いている。
ほぼ毎日目にする担任の姿にしては珍しい。室内で手袋や上履き用にブーツなんて変わってるなんてもんじゃない。
それでも元が美人なためか、誰も不審がる人はいない。逆にお洒落だと騒ぐ生徒は沢山いたが。
「お願いね?」
優しそうな声に温かな雰囲気。男子生徒なら誰もが呼ばれてみたい声色にげんなりする。それでも早乙女先生は笑みを浮かべて教室を出て行った。
「大変だなーおい」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべたオレの席の後ろの奴は楽しそうにそう言った。対してオレは椅子を倒して首だけそちらへ向ける。そこにいたのは京極。いつも木刀を傍に置いているオレの友人だ。
「勘弁してくれよ」
「おいおい、あんな美人の先生に呼ばれてんだぜ?もっと喜ぶとこだろーよ?」
「なら変われ」
「呼ばれたのは俺じゃなくて黒崎だからなー。あーあー望ましいぜこのやろー」
そんなことを言いながらも心底楽しそうに笑う京極。彼が笑ってるのは望ましいからじゃないのをよく知っていた。ただ、このクラスでそれを知ってるのは京極とオレのみだけど。
「…はぁ」
笑う京極を尻目にオレはため息をついた。
教室と比べてやや厚く、防音機能もばっちりなドアを前にオレは立ち尽くしていた。上を見れば視聴覚室と書かれている。
「…」
入りたくない。
他の生徒から見たらあの早乙女先生から呼び出しをくらったということは話の内容が悪いことだとしても、例え赤点とったとかそういうことだとしても皆喜ばしいことだろう。それほど彼女は皆の憧れの的であり、人気者なのだから。
外見がいい。授業内容もわかりやすい。さらには時折顧問でもない部活動に手伝いとして参加しているとかどうとか。容姿端麗、頭脳明晰、文武両道の言葉が似合うこの学校自慢の教師。それがこのドアの向こう側にいる。
「…帰りたいな」
ぼやいたところで帰れるわけがない。
もしも呼び出されたのがオレではなくオレの双子の姉のあやかか同じクラスの京極なら呼び出しなんて無視して帰ったかもしれないけど。
「………はぁ」
小さくため息をついてオレはドアを開けた。
そして広がったのは見慣れた机と椅子が並ぶ教室よりも広い空間。その中央にオレを呼び出した担任がいた。
「あら、来てくれたのね黒崎君」
「…」
にこりと上品な笑みを浮かべて席を立つ早乙女先生。その向かいにはオレと同い年の女子生徒が座っていた。おそらく進路相談でもしていたのだろう。
「ごめんなさいね、また今度相談してもらえるかしら?」
「は、はいっ!相談に乗ってもらってありがとうございます!!」
頭を下げて興奮気味に言う彼女。きっと早乙女先生に憧れを抱いている多くの生徒の一人に違いない。
女子生徒はそのまま丁寧にお辞儀をし、視聴覚室のドアの傍でも一礼して出ていった。
「それじゃあ黒崎君、こっちに来てくれるかしら?」
「…いや、すいません。今日オレ用事があったんでまた今度にさせていただこうと思いまして。それでは失礼します」
一礼してそのままドアに手を掛ける。すぐさま先ほどの女子生徒同様に出ていこうとドアを開け背を向けたその時。
オレの顔の横から伸びてきた細い手が開きかけたドアを抑えた。それだけではなくするりと手が落ち鍵を掛けるとオレの体に絡みついてくる。
「おいおい、逃げるなよ黒崎ィ〜」
がしっと人の肩に手をまわして逃走を阻止する。それどころかそのまま体を寄せて顔を覗き込んでくるこの先生。浮かべているのはいつも生徒に見せている優しい笑みではない、フランクな笑みだ。
ただし、ニヤニヤといやらしく、ニタニタと鬱陶しい。
普段クラス担任している時の優しげな顔ではなく、数学教師としての凛とした雰囲気もない、部活動に出るときの生き生きした感じでも
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