白く綿のような雲が街の建物へ流れ、そよぐ風に皆心地よさそうに笑みを浮かべて道を歩く。日の光が気持ちよく、市場から響く笑い声が楽しそうに聞こえてきた。翼を羽ばたかせて空を行く魔物がいれば街の片隅で男性とともに仲睦まじく寄り添ってるのもいる。
ここは摩訶不思議な空の街。とても高い場所にあり、空に近い街として有名な場所。あまりの高度に雲が街にかかることもしばしばあるほど。それでも寒くないし、空気が薄いわけじゃない。それはここに住んでるアタシたち、シルフがいるから。ただ空に近いからか住むには不住ないけれどここに居るのは皆ハーピーやワイバーンなど空が飛べる魔物か、その夫や家族がほとんどだ。
太陽の温かさ、風の心地よさ、空の景色を感じられるアタシの一番大好きな街。浮かんだ雲を蹴散らし、吹き付ける風を感じながらアタシは街中の市場を走り抜けた。
「へっへーんだっ!」
店の下を駆け、足元をくぐり、誰かのスカートをまくりあげて人ごみの中を突き抜ける。その際突風が巻き起こり果物や荷物を吹き上げた。石畳の地面に落ちては転がって、それを踏ん付け転ぶ姿がどうしようもないくらいに面白い。
「あははは!変なの!」
「またか!このじゃじゃ馬娘!」
アタシの声に反応して先ほど駆け抜けた店の男性が大声を張り上げた。顔を真っ赤にして怒鳴り散らす姿がまた滑稽。その様に笑い転げながらもアタシはさらに走り続けると目の前にいきなり老夫婦が現れた。買い物にでも出かけていたのか大きな袋を持っていてアタシに気づいてない。
「危ないっ!」
一瞬ぶつかりそうになりながらもアタシは二人の間を抜けた。あとから追いつくように突風が吹き付けて袋に入っていたパンが空高く舞い上がる。
「とっとっと、あー危なか―うわっ!?」
突然走っていたアタシの体は一人の男性に抱きとめられる。突風のような勢いがついていたのにそれをものともせず、むしろその勢いに逆らうことなく彼は回転しだした。
ぐるん、ぐるん、とまるで独楽のように回っては徐々にスピードが落ちていく。アタシの勢いをその場で抑え、いなしているようだった。
回転が止まった時にはアタシの目が回っていた。景色が回り、頭が揺れて視界が安定しない。それだというのに同じように回っていた男性はちょうど空から落ちてきたパンをキャッチしてアタシを睨みつけた。
「…何やってんだよ」
はぁっと疲れたようにため息をつく彼。ようやく定まってきた視界に映ったのは黒色だった。
特徴的な黒髪に、闇みたいに深い黒目。どちらもこの街には見られない珍しい姿。それだけじゃなくて同じくらいに目立つのは身に纏っている黒い上下の服。固めの布地と金色のボタンはまるで貴族の纏っている服のようだった。
黒崎ユウタ。それがこの男性の名前。
「な、何するの…ユウタ」
「そりゃこっちのセリフなんだよ、このバカ娘」
「ば、バカじゃないもん!」
困ったようにこちらを見ては冷たく刺さる視線が痛い。あまり表情に現れてないけどこの様子は…いけない、怒ってるみたい。そんな風に感じて今すぐ逃げ出そうにも彼の腕はアタシを捉えて離さなかった。
「イタズラで人様に迷惑かけんなって何回言わせたらわかるんだ、バカ」
「またバカって言った!」
「ああ、何度でも言ってやるよ。バカバカバカバカバカバカ」
「ムキー!!」
ジタバタ暴れて逃げ出そうとするもユウタの腕は緩む気配がない。アタシの脇や肘に腕を通して拘束してるみたいだ。
どうもすいませんでした、そう言い頭を下げながら吹き飛ばしたパンを老夫婦に渡す。そして人行き交う市場の中心で膝をついてしゃがむとアタシの体を抱え上げ、膝の上に乗せた。周りから見てお尻を突き出すようなこの格好。あまりにも自然な流れで気づかなかったけどどうなってるかを認識した途端一瞬で顔が羞恥で赤く染まっていくのがわかる。
「ちょっとユウタ!何するの!?」
「何?そんなの今までしてきたことに対するお仕置きに決まってるだろ」
「お仕置きって…っ!?」
「たかだか一回ぐらいならオレだってしようとは思わなかったさ。だけどお前、今月はいてこれで何回目だ?被害はどれくらい出た?覚えてんのか?」
「…」
ユウタはため息をついて胸ポケットから特徴的な手帳を取り出した。表紙には鳥を象ったマークが付けられてる革製の手帳は彼の働く職の証。それをペラペラめくりあるページを開いた。何が書かれてるのか気になって覗き込んでみるけどそこにあるのはよく分からない文字。それを彼は見慣れているようにスラスラ読み上げていく。
「ダメにした店先の果物、32個。人の購入品、それも主に食べ物をダメにした個数、18個。軽傷ながらも怪我させた人の数、8人。まくりあげたスカートの数なんて二桁いってるし…この前なんて店先に落書きしたみたい
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