「…うぁ?」
徐々に明確になっていく意識。感じる鈍い痛みに体が軋む。瞼を開くと視界がぐらつき、ぼんやりとした薄暗い風景が歪んだ。硬く冷たい地面に触れる手が触れていることからどうやらオレは地面に倒れ込んでいるらしい。
さらには体の上になにやら温かく柔らかいものがある。少し重いが森のように深く爽やかな甘い香りがする。
体に走る痛みに顔をしかめ、体に覆いかぶさっている何かを見た。
暗がりながらもはっきりしてくる視界に映ったのはまるで人間ではないような、妖精のように美しい一人の女の顔。
エルフのフォーリアだ。
「…?」
ああ…そうだった。
そういえばオレと彼女は落っこちたんだっけか。
うん、オレと……。
「…はっ!」
改めて今の状態を確認するととんでもない体勢になっていたことに気づいた。
フォーリアに覆いかぶさられているオレ。女性の体の柔らかさが押し付けられ、ちゃっかり手は彼女の胸に沈んでいた。
「わっ!?」
慌てて手を離し、体も同じように離そうとする。だがどうしてだか力を込めてもフォーリアの体は離せない。
そこで気づいた。
あ…マント一緒に着てるんだった。そりゃ体も離せないわけだ。
ゆっくりと体を起こしてマントから抜け出る。たった一枚の布から出ただけなのに真冬のような寒さが肌に突き刺さった。
「…寒いな、ほんとに」
身震いをしつつもオレと同じように倒れているフォーリアを見た。先ほどよりも月が出ているのか淡い光に照らさている彼女の顔に異常はない。
だがフォーリアの反応もない。
規則正しい呼吸を繰り返す彼女はただそれだけで起き上がろうともしない。
…まさか変なところ打ったりしてないよな?
見たところ出血らしきものはない。マントを捲って体の方を見てみるも月明かりではよくわからないが擦り傷が少々あるだけで大きな傷は見当たらない。
それはオレも同じ。
こうやって自由に動けるし、動いたところで嫌な痛みはない。谷を落ちたのだから骨折の一つくらいしていてもおかしくないのだがどうしてだろう。
「…落ちた高さがなかったか?」
呟いて上を見上げるとあるのはそびえ立つ絶壁。
夜空に届きそうにも見える頂点にはぼんやりとした光が漏れている。あれはきっと先ほど見た光る花たちだろう。
そして、一緒に見えたのは絶壁から生えだした大きな木があった。どうやらあれがクッションになってくれたらしい。まさに奇跡と言うべきか。
視線を移して今度は辺りを見回した。
そこにあるのは木、木、木。どうやらここも森の一部らしい。
「…どうするか」
あんな絶壁から落ちて無事だったことは幸いだがこんな知らない場所に来て村へどうやって戻ればいいのだろう。この絶壁を昇るにも寒さでかじかんだ手では少々きつい。この森を熟知しているフォーリアならばきっと帰る道もわかるだろうが、彼女は今意識がないし。
…起そうか。
フォーリアの肩に手を伸ばしたその時。
「―ん?」
暗闇を照らすはっきりとした五つの光が見えた。揺らめくあれは……炎だろうか?それが集ってこちらへと近づいてくる。
五つの光。
つまり、最低でも五人ランプやら松明をもっているということ。
「…」
嫌な予感がする。
この森で、あの数で、あの炎。思い当たるものがひとつだけある。思い出したくもない、あれ。できることなら違っていて欲しい。
そして、予感は的中する。
木を避け、茂みを抜けて、炎を持った者が姿を現した。
「…音がしたから来てみれば…へへへ、まさかまた会うことになるとは思ってなかったぜ」
「っ!」
服らしき形をした布を纏った人間。袖から伸びる腕は筋肉質で腰に差した剣が嫌に目立つ。オレがここへ来て、すぐに見たあの男。マレッサを攫っていたあの男だった。次いで出てくるのは下っ端らしき男たち。細い者や筋肉質な者、皆見覚えのある奴らだ。皆が皆腰に剣をさすその姿はあの時と変わらない。
「よぉ、あの時のジパング人。よくもおれ達の獲物を奪い取ってくれたじゃねぇか」
リーダー格の男はニヤニヤと笑みを浮かべて歩み寄ってくる。片手は早くも剣の柄に触れており、いつでも斬りかかって来る気満々だ。
奴にとってはオレが憎くて憎くてたまらないのだろう。攫っていたマレッサを奪われてそのまま逃してしまったんだから今すぐ殺しに来ても不思議ではない。
オレはすぐさまフォーリアを抱き上げて後ろへ下がる。絶壁がすぐ後ろにあるので囲まれることのないように端に向かいながら。
だが。
「おい、逃げるなよ」
その一声ですぐに囲まれてしまう。男五人、どうやらあの時見た人数以上いるわけではないらしい。
たった五人、剣を持っているがそれでもオレの空手の師匠のように、友人の剣道家のように並外れた実力持ちらしき者は一人も見当たらない。姿勢も足運びも素人同然だ。
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