氷の微笑へ、接吻を

それは吹雪く日の昼だった。
数メートル先さえよく見えず、太陽の光さえも遮られる吹雪の中では目の前は全て真っ白に染まってしまう。何があるかわからない、白一色の世界。それは雪原地帯であるここではよくあることだった。
特に気にすることじゃない。毎日見ている風景だ。
その中を私はただ進む。
目的は一つ。男を求めて。
魔物のように淫らに交わるつもりではない。ただ生きる糧として精が必要だからだ。
初めて感じる空腹感。生まれてこの方『氷の女王様』より魔力を頂いていたがあまり苦労をかけたくない。そのためにこうして精を得るために男性を探すがこんな場所にそういるはずもなかった。いたとしても運が悪ければイエティに攫われていくと聞く。

「ここらではないか」

小さく呟いて足を止める。もうここらに男が来そうにもないだろう。街が近くにあったりすればこのように困ることもなかったのに。
今日もまたハズレか。何度目かになる男探しに疲れたようにため息をついき、引き返そうと振り返った。
次の瞬間、目に映る変な物。

「…ん?」

吹雪く中でそれが確かなものかはよくわからない。そこまで離れていないが近くもない距離にそれはあった。

「…」

私は無言でそれに近づいていく。距離を詰めていくにつれてはっきりしていくその輪郭。吹雪の中でも確かな形を持ったそれは明らかに雪ではなかった。
ピンと張られた二つの足。先端には見たことのない形をした靴を履き、腰から上が雪に沈んでいるようだ。
それは紛れもない、私が探していた人間の姿。

「遭難者か…?」

遭難者にしてはなんとも不格好で雪に埋まっているがこうしてはいられない。雪に埋まったままで息ができなく死んでしまうこともある。
すぐさま私は足を引っ張り、雪の中から引きずり出すとズボン同様に黒い布でできた服が見えた。さらに引くとそこにあるのは気絶しているのか閉ざされている目。とくに特徴があるわけでもない平凡な顔立ち。そして真っ白な雪とは真逆の真っ黒な髪の毛。
この容姿は…ジパング人だろうか。
きっと旅でもしてこんなところに来たのだろう。それにしてはこの男の周辺に持ち物らしきものは見当たらない。旅をするのなら大荷物になるはずなのに。
さらに言えばなんで逆立ちのような格好で雪に埋まっていたのか。意識を失って倒れたのならうつ伏せや仰向けになるのが普通だろう。だというのにまるで空から降ってきたようではないか。
だが、ちょうどいい。

「この男にするか」

釈然としない点がいくつもある。それでも搾精できるのならそれでいい。
とりあえずこの男を死なせないためにも移動しよう。そうだ、ちょうど私が来たところに誰も住んでいない小屋があった。あそこにこの男を連れて行こう。薪もあるし食べ物は調達してくればいい。この男を住ませればいちいち探しに行く必要がなくなる。
そう考えて私は男の体を背負った。

「…んっ」

見た目細身に見えたが意外と重い。どうやらそれなりに鍛えているらしく筋肉がついているようだ。だが重さ以上に明確に伝わってくるこの感覚。じんわりと肌に染み込んでいく温かさ。
雪の中に、冷たい氷の中にいた私にとってそれは初めて感じるものだった。
…悪いものではないな。そんな風に思いながら私は来た道を戻るのだった。










強く吹き付ける雪が窓を鳴らす。その向こうで止む気配を見せない吹雪を見るようにそれは立っていた。

「今日も雪か」

そんな風に男は呟く。
深く、底の見えない暗闇のような瞳を窓ガラスの向こうに向けてはぁっと白く染まった息を吐く。初めて見た時から変わらない黒い服を纏った格好で寒さに耐えるように体を抱きしめた。もう一度息を吐いてはこちらを向く。そして私の名を呼んだ。

「ブランシュは寒くない?」
「…お前は私を馬鹿にしているのか?私は氷の精霊のグラキエスだぞ?」
「…そうだった」

からから笑って私の傍を通り暖炉に燃える炎へ薪を投げ込む。近くにあった椅子を引き、そのまま座り込んだ。

「ここしばらく雪だけど、ここらって雪国だったりするの?」
「…何を言っているんだ」

ここら一体は雪原なのになんでいちいちそんなことを聞くんだこの男は。呆れたように私はため息をついた。

「ため息つかなくてもいいじゃん。まぁいいけど。それよりこんな雪ばっかで食べ物どうすりゃいいのさ。買ってくるにも出られないよ」
「それは私がとってきてやると言っているだろう」
「それはそうだけど…なんていうかずっと家にこもってばっかですることないんだよ。薪割ってあるから割る必要ないし。ほかに何かしようとしてもなんもないし」
「暇人だな」
「…もっとオブラートに包んで欲しかった」

背もたれに寄りかかって目を瞑る十代ぐらいの男性。
黒崎ユウタ。
あの日からここに住み
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