無垢な感謝、気高き誇り

足からアスファルトとは違う硬い地面の感触が伝わった。何度も強く蹴っては前へ前へと走り続ける。すぐ横で大きな木が過ぎていく。走る最中頬に吹き付ける風は冷たくて、上から散ってくる葉を見てきっと秋か冬なのだろうと思った。
普段帰る道にしてはあまりにも自然が多い。ビルが並ぶほど都会ではなかったが住宅地が連なっていたあの場所とは全く異なるこの空間。電信柱の代わりに木が建っているとしてもそれではあまりにも多すぎて、まるでこれでは森だ。
一体オレはどこにいるのか。
こんなところ学校帰りの道にあったのか。
もっとも、今はそんなことを考える余裕すらないはずなのだけど。

「待ちやがれ!!」
「逃げられると思うなよ!テメェら、囲んじまえ!」
「おれ達の獲物を返せ!!」

後ろから聞こえてくる怒声と足音。正確な数はわからないが見て確認しただけでも五人はいる。皆片手には昔の中世で使っていそうな剣を振り上げ鬼のような形相で追ってくる。
それを相手にこちらは一人。いや、正確には二人。
小脇に抱えた小さな女の子。一見すればとても可愛らしいのだが追われているゆえに浮かんでいるのは恐怖に染まった表情。特徴的な黄緑色の長髪は新芽のように鮮やかで、その間から人間らしくない、尖った耳が生えていた。
彼女は両手両足を縛られたままオレに抱えられているが間違ってもオレが縛ったわけじゃない。
彼女はオレを心配そうに見上げ続けている。

「はぁっ…大丈夫、大丈夫、だからなっ…!」

荒い呼吸のまま女の子にそう言うが笑いかけてやる余裕はなかった。
後ろからはまだ足音が止まない。
一度見たがあの集団は皆剣を持っているというだけで別段鍛え上げられた体をしていなかった。あれぐらいならば一人で全て相手をするのには苦労しないはずだ。
一人で、ならば。
今は二人。それも戦えないし、動くこともままならない子供だ。オレが抱えてやらなければすぐに彼女はあの集団に取り押さえられる。
先ほど助けたというのにだ。

「はぁっ、くそ…っ!!」

走りながら悪態をつき、一気に曲がって木の間を駆け抜ける。
子供の頃は山で育っていたからどうすれば木々に紛れ隠れることができるかはわかってる。
だがこうも見知らぬ森に来て複数人いる相手から逃げきれるほどでもない。
曲がって、曲がって、フェイントをかけてまた曲がり、更に走ってようやく足を止める。
すぐさま隠れるようにオレは近くの大きな木にもたれ掛かった。肩で呼吸をしながらも小脇に抱えた彼女を見る。
怯えて震える体。今にも涙が溢れそうな大きな目。喚きそうなのを我慢してか硬く閉ざした唇。
そりゃそうだよな。こんな小さな子供があんな目にあったんだ、怖くてたまらないだろう。その恐怖はまだ終わっちゃいないんだし。

「大丈夫、だから…」

ぽんと彼女の頭に手を置いて撫でてやる。せめてこれくらいしかできないが、しないよりかはマシだろう。彼女は何も言わなかったが小さく頷いた。
いい子だ。
こんな状況だというのに、見知らぬ男どもに連れられて、更に知らない男に抱えられたというのに暴れもしない。あいつらから助けてくれたオレを信じてくれたのか、それとも単に諦めただけなのか。
今はどちらでもいい。重要なのは逃げきれるかどうかなのだから。
右は木、左に木、上には葉があり下には根。たくさんの木が立つこの森の中、あまり我武者羅に走り続ければ迷ってしまう。
なら、どうする?
考えていたとき、いきなり物音が声が聞こえてきた。

「!」

もう追いついてきたか。フェイントを混ぜて撒いたつもりがそう簡単に隠れられはしないか。心の中で舌打ちをしてオレは立ち上がり、彼女を抱え直し再び走り出そうと足を出した。
刹那―

―とんっと肩を押された。

「―ぁ?」

指で突かれたような感覚に一瞬バランスを崩しかける。なんとか堪えて踏みとどまるも肩からじんわりと熱が広がってきた。
なんだ?一体…誰かに押されたのか?

「っ!!」

小脇に抱えた彼女がこちらを見て目を見開いている。何をそう驚くことがあるのだろうか。奴らの声はまだ距離があるというのに。
彼女の視線を追って行くとオレの肩に向いていた。だが、彼女が見ていたのはその先にあった。
細い木で出来た棒。先端には白い羽のようなものが二つ向かい合うように取り付けられている。
それはまるであるテーマパークにあったアーチェリーの矢に見えて、弓道で用いるような矢にも見えた。
矢。
弓矢。
主に狩猟の道具として用いられる、あの飛び道具。
それがオレの肩から生えていた。

「嘘…っ!?」

矢がオレの肩に突き刺さっている。それを認識した途端に熱は激痛へと変わった。思わず足が崩れそうになるがなんとか耐える。だが今まで空手で経験してきた骨折の痛みとはまったく違う感覚に呼吸が止まりそう
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