…どうして、アタシはイグニスなんだろう。
どうしてアタシは火なんだろう。
慈しみ溢れたウンディーネ。
気まぐれで奔放なシルフ。
物静かで穏やかなノーム。
どの精霊も人に与えるのは癒しであって、破壊ではない。
アタシのように燃やし尽くし、消し去るワケじゃない。
羨ましい。
とても、望ましい。
それでもいくら望もうがアタシには手に入らない。
「なんで…なのかな…」
目の前が歪む。遠くに見えていたいつもの空が歪む。鼻の奥がつんとして、ぼろぼろと何かがこぼれ落ちて地面に滴り落ちた。
「どうして、なのかな…」
もっと勇気があれば変わっていただろうか。
あの時、アタシが助けていれば変わっていただろうか。
ユウタを、目の前で救っていたなら変わっていだろうか。
「う、うぁ…ぁあ……」
目から何度も涙が溢れる。火の精霊なのに水が出るなんて不思議だったけどそんなことを考えてる余裕もない。
ただ一色に。
ただ一心に。
アタシはそこで泣いているだけだった。
だから気づかなかった。
目の前でいつものようにゆっくりと歩いてアタシの方に近寄ってくる存在に。
痛々しく包帯が目立つ身なりでも普段と変わらない足取りで、表情には笑みさえ貼り付けて、アタシの前に立っていた。
「…よう」
長年の友人に挨拶するかのように手を上げ笑みを浮かべる男性。
包帯に覆われていてもその服装も髪も瞳も見間違うことのないジパング人の風貌と同じ姿。
「ユウタ…!?」
アタシが逃げ出した人物が目の前に再び現れた。
時間にして一週間、怪我のため歩くことさえまだ辛いはずなのに。
もう来ることなんてないと思っていたのに。
来れるはずがないと思っていたのに。
でも、正直嬉しかった。
ユウタが怪我をしながら、登るもの辛いはずなのにここへ来てくれたことが。
罵倒されても仕方ない。軽蔑されてもしょうがない。そう思ってたのにいつものように柔らかく笑ってアタシを呼ぶユウタが。
でも、なんで。
どうして、ここに。
「やっと来れた」
そう言ってユウタはいつものようにアタシの隣に座る。
慌てて流していた涙を拭い取って彼に気づかれないようにする。ユウタは不審がったが何も言わずに誤魔化した。
「大変だったよ。怪我してもそんなひどいもんじゃないっていうのに寝ておけって村の人がさ」
気さくに話しかけてくるのはいつものユウタとなんら変わらない。いつものように雑談をしたり、昨日あったことを話す様子と同じだ。
だからこそおかしいと思う。
村人の叫びを聞いた後に。
逃げ出したアタシに。
見捨ててしまったアタシに。
どうして会いに来れるのか。
「…」
「…そういや、あの時はありがとうな」
「え?」
「助けに来てくれたじゃん」
「…」
勘違い、してる。
ユウタはアタシが助けたと思ってる。
そんなことしてないというのに、どうしてそんな顔をして感謝の言葉を言えるのか。
アタシはただ立ってて逃げ出したというだけなのに。
どうして…。
「どうして…ユウタは…」
「…うん?」
「どうしてそんな笑ってられるの…?」
「…ん?」
アタシはユウタの隣から立ち上がった。
手足の炎が揺らぎ、拭ったはずの涙がまたこみ上げてくる。
「…アタシが、ユウタを助けたって証拠はあるの?」
「…フラメ?」
また、泣きたくなる。
また、悲しくなる。
涙なんて見せれば心配させるだけだとわかってるのに止まってくれと願っても次々に溢れ出してくる。もう拭う必要もない。拭ったところで止められない。
「…村の人、アタシのこと嫌ってたでしょ?」
「………いや、そんな」
「わかってるから…」
誤魔化そうとして笑みが歪んだユウタの声にアタシは遮ってそう言った。
分かってる。ユウタがどうこう言おうとも皆はアタシを嫌ってる。
その原因をユウタは知らない。
あの村で起きたことを彼は知らない。
それこそがアタシの嫌われる理由で、親しかった皆との関係を失ったわけ。
ユウタは気まずそうに視線を泳がせている。それでもなんとかアタシを見続けていた。普段笑ってばかりの彼がこんな顔をするのは意外で珍しいものだったけど、やっぱりいつも通りに笑ってる方がいい。
こんな時でも笑ってて欲しかった。
それが絶対に無理だとわかってても、そう願ってしまった。
「アタシはね…一度あの村を燃やしたの…」
「…っ」
「皆…そう言ってたでしょ?あの時に叫んでたでしょ…?」
以前、アタシがまだこの体を持つ前のこと。女としての体を持つずっと前から、純精霊のころから皆アタシを慕っていてくれた。
ここは山。村はその麓。水脈は整っていて住むには何の問題もない、平和な村。そこでアタシの存在は大きなものだった。
火を意のままに操るアタシは彼らにとって闇を照らす光であり、発達を手助けする
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