前編

「思うんだけどその格好って熱くない?」
「なら、思うんだけどその格好で恥ずかしくないの?」
「アタシはこれがいつもだから仕方ないの。そっちは?」
「オレはこれがいつもの服だから仕方ないんだよ」
「人のこと言えないじゃないの」
「そもそもアンタ、人じゃないんだろ」
「ふふ、確かにね」

そう言ってアタシは小さく笑う。
目の前の彼も同じように笑う。
柔らかな笑みは優しくて、楽しげな笑みは温かい。炎を纏っているのに私にはそう思えた。

そう、アタシは炎に包まれている。

なぜならアタシは炎の精霊だから。イグニスだから。この世界での火を、炎を司る存在。それもただの精霊ではなくて、魔力を交えた魔精霊。人しての肉体を持って、女としての姿をしている一人の存在だ。
話すことも、笑うことも、触れることもできる、一人の存在。

だけど私のところへ訪れる人間は目の前の彼だけ。

炎というのは人に明かりを、暖かさを、技術を与えた。暗闇を照らし出し、寒い時には暖をとり、熱を持って鉄を加工する術を持った。
炎とは人間にとって発展の鍵。

だが逆に恐怖の対処ともなる。

強すぎる明かりは目を眩ませ、過ぎた熱は何もかもを焼き払ってしまう。
現にアタシに寄ってくる人間はいなかった。
この熱い場に好き好んで来る人間などいなかった。

目の前の彼を除いて。

「でもそんなに服着て大変じゃない?額に汗浮かんでるけど」
「まぁ暑いっちゃ暑いけどさ。でもオレがいたとこも夏になればこれぐらいにはならないけど結構暑くなったんだ。だから多少暑いのは我慢できるってわけ」
「へぇ?」

その言葉に私は首をかしげる。
今彼はアタシがいるこの場所、この山の麓に住んでいる。だがそれ以前はどこにいたのかなんて知らない。
私は彼の姿を見た。
そこにいるのは一人の男。
着ているのは高級な布で出来ているのかまるで貴族がまとっているような黒い服で金色のボタンが付いている。上下共に同じ布、同じ色のそれはここらではまず見られず人目を引くこと間違いないだろう。また、同じ色をした短めの髪の毛。そして何よりも目を引くのはその瞳。同じ黒色だけど服よりも髪よりもずっと濃くて、ずっと深くて、まるでそこの見えない闇の中。見つめるだけで吸い込まれるように思える不思議な瞳。

―黒髪黒目、それはジパング人の証。

だからこそ彼は―黒崎ユウタという名の彼はきっとジパングに住んでいたのだろう。
だけどジパングにそれほどまで暑くなるような場所があっただろうか。夏はそこまで暑い季節になっただろうか。
でもそんなことはどうでも良かった。こうして話に来てくれるだけで良かった。
以前ならアタシの周りにはたくさんの人がいた。昔なら精霊として敬われ、慕われていた。皆が皆アタシに優しくしてくれるし、こんな山にいなくても村の中で仲良くしていた。
それでも彼らは人間でアタシは精霊。
そして何よりアタシは火。
熱く燃えては焼き焦がす、炎。
人が触れることなんてできないくらいの温度があり、抑えきれない勢いを持っている。



だからアタシは自分が嫌い。



人間に厭われる火を司る、アタシ自身のことが大嫌い。
でもそれは仕方ないとしか言えない。
火は人間が進化するための術であって、同時に厭われる存在。過ぎた炎は我が身すら焼く。人を傷つけないとしても、自分自身を焼いてしまうかもしれない存在に近づきたいとは思えない。
アタシが傷つけたいと思ってるはずがないのに、それでも嫌われることになった火が嫌い。

「…ユウタは、よくこんなところに来れるね」
「んん?」

アタシは遠まわしに聞いてみる。直接アタシが怖くないかなんて聞けない。そんなことは分かっていても聞けない。こうして話相手になってくれた相手に目の前で言われたくない。

「だってここ、山でしょ」
「そりゃ…」

アタシのいる場所は山。それも火山。麓には村があって街ほどではないにしろ栄えている。
だからといって山へ登る意味はない。麓が栄えても山頂にはなにもない。
ここに登ってくるのはせいぜい登山家ぐらい。普通の人間ならまず来ることはないし、麓の村の人なら絶対に近寄らない。



―アタシが、いるから。



「んー…なんていうかさ、することないし」
「すること?」
「村にいるのはほとんどおじいさんおばあさんか子供でオレの年代の人いないし、午前中にほとんどやることやっちゃうし、テレビとかゲームもないしさ」
「…てれび?げーむ?」
「…あー」

ユウタの話ではよくわからない言葉が出てくる。それを言うたびに彼は誤魔化すように唸るけど…一体何だろう。

「それに話題とか合わないんだよ。せいぜい天気ぐらいしか話せないし」
「そっか」

年齢が違う、それからユウタに至っては住んでいた場所も違ってる。それなら会話
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