子守とあんたとオレと子作り

靴越しに伝わってきたのはアスファルトの硬さではなく柔らかな土の感触だった。
鼻腔をくすぐってくるのは緑の匂い。
空から差し込む日の光はこの葉に遮られまるで幻想的な光のカーテン。
右を見ても左を見ても前も後ろも全てが木。
立派にそびえ立つ高い木々の間から爽やかな風が吹き抜ける。
うん、なんとも心地いい。

ここは森だ。

誰の手を借りることなく自然のままに育った立派な木々がいくつも生える森の真っ只中。
父親の実家はここのように木々が生い茂った山々に囲まれているのでこれに近いものは幾度と目にしてきた。それゆえこんな木しかないところでもまず迷うことはないだろうが…とりあえず。

「…ここ、どこだよ」

オレの声は森の中に虚しく響いた。




あのままじっとしているというのも森の中では危険だろう。ここは初めて来た場所なんだから何がいるかわかったもんじゃない。狼とか猪とかいたら危険どころじゃないだろうし。
とにかく雨がしのげそうな、夜寝ることが出来るような場所を探そう。
そこから食料になりそうな果物でもとっていけば死ぬってことはなさそうだ。
もともと小さい頃は山の中にある父親の実家で暮らしていたからかこのぐらいの森なら遭難する危険は低いだろうし。

「……ん?」

果物を探していたら何かが聞こえてきた。
…物音?いや、甲高くて耳に触るこの声は…人の声?
それもただの人の声じゃない。何度も間を開けて喚くように上がるこの声は―


―………泣き声?





茂みの中から除くとそこにいたのは一人の人。線の細い体のライン、胸の部分が膨らみ、絶妙なバランスのクビレがあることから女性であることがわかる。
ただ…それが人だといっていいのかはわからない。
彼女の背中が見えるが後ろ姿からして人間とは言い難いものだった。
まず頭。茶色で太陽の光を反射する短めの髪。その中から生えるように伸びる二本の…何か。
次に背中。右上右下左上左下の合計四ヶ所から生えている、透き通った薄い…羽?
そしてお尻。そこには丸く膨らんだ黒と黄色のライン状の模様のあるそれの先端には鋭く尖った針が生えていた。
その姿を何かと問われればこう答えるしかないだろう。



『蜂』



蜂の姿だった。
森の中で蜂の姿とは……最近は変なコスプレが流行ってるのかな?
傍らには細長い棒が…いや、先端が尖っているそれはまるで槍だ。
全体的に危険。それもいろんな意味で。
しかし注目するところはそこだけじゃない。
彼女は腕の中に何かを大切そうに抱え込んでいた。それを揺らすように体が上下しているのだがそこから甲高い声が聞こえる。
この距離では聞き間違うことのない、赤子の泣き声が。

「あーもう!なんで泣き止まないのよー!」

様子を見るからに腕の中に抱えている赤子は彼女の子供なのだろうか?
見た感じ年上だがそれほど上というわけでもないだろう彼女、だがあのぐらいで子供がいてもなんらおかしいものはないか。おかしいのは格好だけで。

「泣き止んでよ〜!!」

泣き出しそうな横顔を木の幹から隠れ見ているのだがすごいいたたまれない。
助けるべきだろうか?
いや、しかし傍になんでか知らないが槍がある。獲物を見つけたらすぐさま刺し貫けるぐらいに鋭い槍が。
他にも蜂の腹である膨らんだ先端、同じくらいに尖った針。
どちらも共に刺されたらひとたまりもないだろう。
…助けるべきじゃないよな。変に刺激してぶすりと刺されたらシャレにもならないし。
ここは悪いけど…そっと離れて…。



「もう!あたしが泣きたいくらいなのに〜!!!」
「………」












「あ〜よしよし」

両腕で抱えた赤子をあやすようにオレは体を左右に揺らした。それでも赤子は泣き止む素振りは見せてくれない。オレの肩からは心配そうに先ほどの女性が覗き込んでいる。
ああ…なんでこうなってるんだか。
思わず天を仰ぎたくなったがなんとか堪えて赤子のことに集中する。

「…大丈夫なの?」

オレの肩から覗き込んでくる女性は自分で泣かしたからかあやし方がわからないからかおっかなビックリな様子だ。触れたくてもビクビクして触れられない。きっと子供慣れしていないのだろう。
ただどうしてか…両手が自由になったからか傍に置いてあった槍を握っていた。しかもさりげなく、いつでも刺せるように穂先をオレの背に向けて。
さらに言えば逃げられないように片方の手はオレの肩を掴んでいた。こんな状態では槍を避けることなんて叶わないというのに。
怖い。結構怖い。すごい怖い。
なんで蜂みたいな姿をした女性に槍を突きつけられないといけないんだ。
ため息を付きたいのを我慢して赤子をあやし続ける。おむつは湿ってるわけじゃないし、ぐずってるのとはちょっと違うこの様子。別にオレが怖いとかそういう
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