「…」
「…」
「…」
「…」
目の前でオレの家にあったものをむしゃむしゃ食べている人がいた。
自宅で、キッチンで、我が物顔で口を動かす人がいた。
手にしたものは大きな玉の形をしている緑色のそれ。いくつもの葉が折り重なって玉の形になっているそれは、オレが昨夜買ってきた今夜の食事の材料。
キャベツ。
そのキャベツをそのままむしゃむしゃと食べている人がオレの目の前にいる。
茶色の髪の毛が短めに切られており、毛先が揃えられていないがそれでも艶やかで美しい。真っ白な肌、切れてしまいそうに鋭い視線はまるで狩人のそれ。表情は何も浮かべていない。まるで氷の彫像のように冷たく、静かなもの。鳶色の瞳に映っているのはオレではなく手に持っているキャベツ。
見た感じきっとオレよりも年上なその人は…その『女性』はとびきりの美人だった。
冷たい美貌が相まってさらに美しさを引き出している。近寄りがたくも凛としたその雰囲気は男なら誰しも目を奪われてしまうもの。
それ以上に目を奪われるのが彼女の体。
豊かに実った二つの膨らみは彼女が体をわずかに動かしただけでも悩ましく揺れる。それだけではなく、目を奪われる部分はもう一つある。ミニスカといっても過言ではないスカートの役割を担う布から生える二本の足。タイツもレギンスなんてものもない、生足。眩しいほど白い太腿は惜しげもなく晒されており、正直とても…眼福だ。
だが、彼女の姿は何かおかしい。
何かというよりも、全ておかしい。
茶色の髪の毛の生えた頭には金色に輝く大きな何かがついている。それはまるで昆虫のような目に見えた。他にも体を覆う鎧のような、硬い甲殻のようなもの。臀部にまで続いているが、そこから先は何か別のものが生えている。
甲殻に守られるように包まれる黄緑色で柔らかそうなそれは…なんだろう?この部位をもつ生物を見たことがあるが…まさかそれと同じとでもいうのだろうか。
その下にあるのが服のような濃い緑色の布地。少し艶がかっているのはただの布地というよりもなんというか…膜とか言ったほうが正しいのかもしれない。
オシャレも何もあったもんじゃないそれは先ほどミニスカートと例えたがそれ以上に短く、股間部分をギリギリ隠せている程度。
そんな彼女の体の中で最も目を引いたのが―
―両腕に備わったとても物騒な長く鋭い鎌。
それはそこらの包丁だろうがナイフだろうが敵わない切れ味を誇るかのように輝く。
その鎌が、その甲殻が、その姿が。
オレの頭の中で一つ浮かんだものと一致する。
…カマキリ?
うちの庭で時折見かけることもある、両手に鎌を持った昆虫。細長い体の上に逆三角形の顔がついている誰もが目にしたことのある虫。逆に見たことのない人なんていないと言える昆虫。
だからこそよくわからない。そんなもののコスプレをしている彼女が。
…カマキリ、だよな?
コスプレというのはあまり知っているわけではないが、そういった動画ならよく見て…じゃなくて、昆虫のコスプレをするというのは見たことがない。せいぜいあったとして蝶の羽を背中に付けているぐらいだったか。でもそれは蝶が華やかだったからだろう。
華やかさは女性の美しさを際立てるからなぁ…。
まぁ、せいぜいあってもそれくらい。
しかし目の前の女性丸々カマキリの姿を模したもの。頭部についている金色に輝くそれは両側に付いていてまるでカマキリの複眼。先程は気づかなかったがよく見れば頭の先には二本の触覚が生えている。緑色の甲殻は鎧、あの艶のある独特な布は…布っていうよりも膜…だろうか?そして一番目を引いた両腕の曲線を描いている鎌は…そう、カマキリの鎌のそれだ。
カマキリ。
蟷螂。
なぜそんな姿をした女性がオレの家にいて、キャベツを食べているのだろう。
今まで現実からかけ離れた女性なら師匠がオレの傍にいたが…この女性は…規格外だ。
規格外というか…規格外というよりもこれは…予想外というか…なんというか。現実にありえないだろ、これ…といったところである。そんな現実にはありえそうにない姿をした彼女はもっしゃもっしゃと食べていたキャベツを床に転がした。
どうやら口に合わなかったらしい。もしかしたら彼女はキャベツが嫌いなのかな?…いやそうじゃない。
「何やってんだ、テメェ」
さすがのオレもこんな状況だろうが平然としていられるわけではない。敵意をむき出しにして万が一に備え拳を構えて、彼女を睨みつけた。
そんなオレを前に彼女は―
「…」
無表情でオレの姿を眺めていた。それでも瞳にはこれといった興味を示した様子を見せない。
まるで食べること以外には興味ないというように。
生きるためのこと以外には執着しないというように。
「…」
警察、呼んだほうがいいのかなぁ。
どこから入ってきたのかは
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