オレとその後

あの日。
師匠の正体を知ってからもうひと月がたった今日この日。
「…こんなもんか」
オレは鏡の前で自分の姿を見てそう言った。
普段の学生服姿ではなく私服姿、それも少し見栄えのいいものを着ていた。
本当ならもっといい服とかがいいのだけど高校生がそんなに豪華な格好はできないし、以前行った高級レストランに入れるような服は持ってない。
そもそも高校生があんなところに入る機会あるはずがないっていうのに。
…今日も行くつもりなのかな。
そんなことを考えていたら家のインターホンがなった。
「!はいはーい」
今家にいるのはオレとお父さんとあやかのみ。
二人とも二階にいるだろうから出なきゃいけないのはオレ。
しかし、ここであやかが出て行ったら玄関先で争いごとになりそうなので絶対にさせない。
いつもの靴を履いてドアに手を掛ける。
確認はしない。
この時間にここに来るのはあの人だけだから。
鍵を開けてドアを開いた。
「早いですねし―んむっ!?」
言葉が止まった。
というのもドアが開いて顔を出した瞬間、流れるような動作で頬に手を添えられ一瞬で唇を塞がれたから。
途端に感じる甘い味。
触れ合っている唇から伝わる柔らかな感触。
優しくもしっかりと固定し、オレが逃げないようにする手。
肺いっぱいに入ってくる甘く爽やかな香り。
眼前いっぱいに広がる綺麗な顔。
「んちゅ♪」
結構長い時間唇を重ねてようやく彼女は離れていった。
離際にもう一度、キスするのを忘れずに。
「…いくらなんでも人の家の前でするもんじゃないでしょ、師匠」
「んふふ〜♪だってしたいんだもん♪」
普段よりもずっと嬉しそうに笑みを浮かべる最愛の女性がそこにいた。
それも師匠は普段の空手着や私服姿じゃない、露出の多い珍しいドレスを着て。
「どうかな?どうかな?初めて着るドレスなんだけど似合うかな?」
両手を後ろにまわしてドレスを見せつける師匠。
だがそんなことをすればドレスよりもドレスを押し上げる大きな胸が目立って直視しにくい。
もう何度も師匠の一糸まとわぬ姿を見てきているのにだ。
「…」
「…?どうしたのユウタ…あ、照れてる?」
「…いえ」
「んふふ〜♪んもうユウタったら素直じゃないな〜♪ユウタならいつでもどこでも見せてあげるよ♪」
「じゃ、今はやめてください」
まったくこの女性は…。
普段通りに戻ったら戻ったで大変だ。
でも、これがやっぱり師匠らしい。
「でも…ユウタにはこっちを見てもらいたいかな」
そう言って一度くるりとその場で回ると師匠の背中から翼が、お尻から尻尾が、頭から角が生えた。
もう見慣れた師匠の本当の姿。
人間ではない、リリムの姿。
ドレスを纏う異形な姿は言葉にできないほどに美しい。
師匠の現実離れした美貌がより映える姿だった。
「…師匠」
「うん、どうかな♪」
「えっと…すごく…」

「邪魔」

オレのすぐ後ろからかったるそうな声が聞こえた。
それを聞いて師匠がオレに向けていた嬉しそうな笑みとは違う笑みを浮かべる。
そしてがしり、と肩に手がかかった。
「人んちの玄関先で何やってるのさ」
振り向けばそこにいたのはオレのよく知る顔。
師匠が人間ではない姿をしているというのに平然と、そして明らかに嫌そうな表情を隠すことなく浮かべて。
「…あやか」
「お姉さん、いたんだね」
「いるに決まってるでしょ?ここ誰の家だと思ってるの?」
「ユウタの家かな」
そう言って師匠はオレの肩を抱いた。
よりによってあやかが手を掛けている反対側の肩をだ。
「…喧嘩売ってるの?」
「そんなことしないよ。だってお姉さんは自分にとってのお姉さんになるんだもんねぇ」
「…」
ぴきりとあやかの額に青筋が浮かんだ気がした。
いや…本当に浮かんでいた。
本当に師匠の事嫌ってるな。
師匠の正体を知ってもその対応を変えることはなかったが…変えないというのもまた問題かもしれない。
「おっと、これはいけないかな?それじゃあユウタ行こっか♪」
「え?師匠―」
あやかから逃げるように言った師匠はオレの体を抱きしめ、軽々と持ち上げる。
それもいわゆるお姫様抱っこの形で。
「…」
「ちょっ!?師匠っ!!」
冷たい目で見てくるあやかを前にしているというのに師匠はただただ笑みを浮かべそのまま翼を広げた。
落とさないようにか師匠の尻尾がくるりと腰に巻きついてくる。
「じゃあね、お姉さん」
「…ふん、さっさと行けば?」
その言葉を聞き終わる前に師匠は地面を強く蹴って飛び上がっていた。
一瞬体にかかる重力が消え去り、不安定な浮遊感を味わう。
何度飛んでもやはり慣れない。
師匠に抱かれて飛ぶのはこれが初めてというわけじゃないがまだ少し怖い。
そんなことを思っていると飛び上がった目の前で―


―家のベランダでタバコを吹かしているお父さんの姿があっ
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33