暴状と師匠

師匠の道場には元々二、三十人の門下生がいた。
黒帯をしている高校生がいれば、茶帯をしている中学生がおり、緑帯をしている中学生がいれば青帯をしている小学生もいた。
そんな中でオレは白帯をしている初心者だった。
あのころはまだ少ない方。
多いときには三十人どころか四十人は道場に集まっていたはずだ。
その中には少なからず女子も数人混じっていたか。
それほど師匠の元には人が集まっていた。
集まっていたのにどこか余所余所しかったのを今でも覚えている。
理由はどうしてかわからない。
師匠が美人すぎるからかなと思っていたが、どうなのだろうか。
今は置いておくとしよう。

それほどの人数を収めていた大きな道場からはある事件を境に皆消えた。

オレと師匠を残してすべて消えた。

本当のことを言うとオレもやめさせられるところだった。
というのも過保護すぎる我が母親から。
そんな怪我をするところに息子を通わせることができるか、とのことだ。
当然だ、母親としてそれは当たり前に思うことである。
しかしそれを押し切ってくれたのは、それでもなおオレが通うことを容認してくれたのは―

―他の誰でもない、お父さんだ。

当然あやかはいい顔をしなかったあのとき。
流石の姉ちゃんも渋った顔で聞いていたあのとき。
初めて見せたお父さんとお母さんの夫婦喧嘩。
それでも何とかオレが通うことを許してくれたのは。
今もこうして師匠の傍にいられるのはお父さんのおかげである。
どうしてお父さんがそこまで必死になってくれたのかはわからないが、それでもいい。

またこうして師匠の元に通えるというのだから。

常識的に考えればいくら女性といえそんなことをする人のところに自分の息子娘を通わせられない。
それが当然であり、一般的な考えである。
皆は二度と師匠のところには来なかった。
悲しかったのは少しだけ。
ああ、やっぱりかと思ったのも少し。
オレに対する反応を師匠に対してもしたというだけだから。
ある意味必然的にこうなっていたのかもしれない。
本来師匠は警察だのなんだの厄介ごとに巻き込まれるはずだったのだがそこらへんは詳しく知らない。
それらしいことを受けたという話も聞いていないし、オレ自身師匠を訴えようとしているわけではなかったので大事にならなかったのかもしれない。
誰かが根回ししたとか?
…そんなことができる人がいるのだろうか?
まぁ、これも今更気にするべきことではない。
それよりもだ。
この出来事には続きがある。
それで終わり、大団円では済まされない。
師匠のその『事件』はそれから度々続いた。
長くて半年、短くて三か月の間を経て何度も何度も。
そのたびにオレは何度も師匠を止めて、何度も死にかける経験をしている。
何が原因なのかはわからない。
精神の病気にそのような一種があったはずだがそれともまた違う。
師匠のそれは何にも当てはまらない。
例えるなら―


―怪物のような。



―化け物のような。




―魔物のような、ものだった。









師匠が元気をなくしてから数日がたったあるとき、オレは師匠の家の門の前に立っていた。
片手に持っているのは空手の道着。
今日は週に三回ある稽古の日である。
ただ、前回のこともあるので稽古はせずにまた同じようなことになるかもしれない。
ああいうときこそ師匠は一人にできない。
寂しそうで、悲しそうで、今にも泣き出しそうな顔をしていた師匠。
まるで、あの時と、オレがたった一人で彼女のもとに進んだあの時と同じ…。
「…」
放ってはいけない。
一人にしてはならない。
だからこそ、何があろうといかなければいけない。
そのままオレは門をくぐり、道場に到着しては扉を開けた。
扉の向こう、道場のど真ん中、そこに師匠はいた。
「……師匠?」
師匠は私服姿だった。
あの時、オレと一緒に食事をした時と同じ姿でそこに立っていた。
道場のど真ん中、ただ背を向けて突っ立っているだけ。
声をかけるも反応はなし。
「…」
嫌な、予感がする。
これはいけないと体が訴えている。
長く付き合ってきたことによるものか、多く経験してきたことなのか。
肌から感じるピリピリとした嫌な感覚。
ざらざらで、肌に纏わりつくように感じるこの張りつめた空気。


―師匠、じゃない……。


師匠という雰囲気がしない。
まるで別人…いや人ではない。


―獣。


―化け物。


―魔物。


そのような類を前にしているかのような感覚だった。


まずい。
そう感じたのにそれでも確かめたかった。
それが偽りだと思いたかった。
「師匠…」
もう一度呼ぶ。
その声に反応して師匠はゆっくりと振り返った。

「…っ!」

綺麗で透き通った瞳が濁っていた。
妖しく艶のある光を宿した瞳が獣のような光を宿
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