「帰れ」
「まぁ、そう言わないでくれよ」
「帰れ」
「そっけないぞー?訪ねてきたのにそんな態度とるもんじゃないだろ?」
「帰れ」
「いや、帰れじゃなくてこっちだって用があってきてるんだからよ?」
「帰れ」
「なぁ、前みたいに飯食わせてくれよ」
「帰れ」
「頼む!お前以外頼れるやついないんだよ」
「帰れ」
「お前さっきっからそればっかだな。流石のあたしも傷つくぞ」
「帰れ」
「そんなに邪険にしないでくれよ。あたしとあんたの仲だろ」
「帰れ」
「…そんなに帰れって言うのならあたしだって穏やかに済まさないぞ?」
「帰れ」
「おーいー!帰れ以外にもなんか言ってくれよ!」
「消えろ」
「おうぅ、攻撃的になったな」
「…はぁ」
オレこと黒崎ゆうたは自宅の玄関先でドアを開けたまま大きくため息をついた。
目の前には女性がいるというのに、礼儀をもって接するべきなのにオレはそうしない。
なぜなら彼女にはそんなものは必要ないからだ。
彼女―緑色の肌に青い刺青をした人間ではない女性。
身長が平均的なオレよりも頭一つと高めの図体と夕焼けの赤い光をオレンジ色に反射する銀色でボサボサした腰まで伸ばされた長髪。
本来丸みを帯びている耳を生やすのが人間なのに彼女の耳はツンと尖っていてまるでおとぎ話に出てくるエルフや妖精の耳に見える。
そして額に生やしているのは角、鋭く尖った鬼のような二本の角が生えていた。
肌が明るい緑色、銀色の長髪に女性の中では高めな身長、極めつけは角。
そんな姿をどう人間だと言えるだろうか。
そんな人間の姿ではない彼女だが、それでも女性としてはかなりの美女だった。
豊かに実った二つの膨らみはボロボロになったTシャツを窮屈そうに押し上げ、その丸い全体がいやらしい形へと変わる。
引き締まった腹部にまた膨らんだ臀部。
下半身はジーンズを履いているのだが膝までしかなく、またダメージジーンズのように張り裂けていて隙間から見える肌が艶かしい。
大人の女というよりはスポーツをやっているような健康的な色気を振りまく女。
それが彼女、自らを『オーガ』と言ったジャンヌという女性だ。
オレと彼女の出会いなんてものはもう三週間ほど前になるだろうか。
あれは真夜中の公園、自宅へ帰る途中に近道をしようとしていたらそこでばったりとこの鬼ジャンヌと出くわした。
その時の姿は今よりもひどい。
ただの布切れを巻きつけただけの体一つで彼女は公園の道の中央で待ち構えていたのだから。
そこらに落ちていた布を体に巻きつけただけというようなファッションの欠片もないその姿。
今よりもずっと露出の多かったあれは一見すれば痴女の姿にも見えたはずだ。
だがそう見えなかったのはそんな格好をしていながらも堂々と胸を張ってオレの前に立ちはだかったからか。
そうしてかけられた今でもはっきり思い出せるガサツでドスの効いたジャンヌの一声は―
「おぉ?こんなところにいい男がいるじゃねーか♪」
以上、回想終了。
これがオレとジャンヌの出会いであり、馴れ初めであり、面倒事の始まりである。
ジャンヌは買い物帰りのオレをいきなり襲ってきた。
女性とはいえ、手は拳を握り締め、明らかな害意を抱いて向かってきた。
正直失礼極まりない。
そのあとにあったこともとんでもなく失礼極まりないこと。
だからこそオレはジャンヌに女性に対する礼儀をもって接しようとはしないし、邪険に扱うのも当然といえるだろう。
「なぁ、頼むよ、このとーり!」
そう言って両手を合わせて頭を下げてくる一匹のオーガ。
自分よりも身長が高く年齢的にも上だと言える彼女が頭を下げる姿は傍から見ていてなんと奇妙なことだろうか。
本来なら女性からの、それも美女からの頼みごとなら二つ返事でその頼みを受けるはずだったが相手が相手。
あんなことまでされていて容認できるほどオレは甘くないし、聖人君子をしているわけじゃない。
…だが、傍から見ていてどうだろう。
家の玄関先で高校生に頭を下げる年上の女性。
そしてその女性は日本人にはまずに見られないだろう銀色の長髪と尖った耳と大きな身長に緑色の肌をしている。
いくら服装がこの世界にあるものだとしても人の目につくことは間違いないだろう。
極めつけは、なんだかんだで美女。
豊かな胸の膨らみに完成されたプロポーションは男にとって見とれてしまうもの。
ゆえにこんなところでジャンヌに頭を下げられたままの姿を見られるのは好ましいことじゃなかった。
…仕方ないか。
「…ほら、来いよ」
ジャンヌに聞こえるように大げさにため息をつきながらもドアを開けて顎で入れと示す。
「おう♪悪いな♪」
そんなオレの態度を気にすることなく嬉しそうにそう言った。
基本的に自分にとって都合の悪いことは気にしないからな、こいつ。
何事もポジティブなんだよな。
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