オレと煩慮

最近変だ。
すっごく変だ。
全く変だ。


師匠が更衣室を覗いてこない。


…覗きは変なことだけどそれでもおかしい。
犯罪だけど毎度のことしてきた師匠がしてこないのはおかしい。
常識的に考えれば覗きこそがおかしいのだけどそうじゃない。



師匠が下ネタ発言をしてこない。



…普通の女性ならしないか。
常識的に考えれば絶対にしないよな。
ああ、そうだ、あれだ。




師匠がやたら人の服を脱がしたり脱いだりしない。




…。
……。
………え?うちの師匠って痴女?
いやいやいや、例え世間からは離れたような女性でもオレにとっての師だ。
多少のことは慣れてきてるし、それが当たり前だ。当然だ。
おかしく思うことはない。
だからおかしいと思うのはそういうことをしない今の師匠だ。
以前ならどこかに隠し持っていたローションを出したり、手が滑ったとか言ってオレの服を脱がしにかかったり、潤んだ瞳で求めるように緊縛プレイ用の縄を渡して来たり、誕生日にはどっかのなにかで使うような鞭を送ってきたり、勝負下着を惜しげもなく晒したりするんだけど。
…あれ?何だっけ?
これがいつもの師匠だよな?
これが普通なんだよな?

…普通って…何だっけ?

…とりあえず、今の師匠は変だ。
何がというとなんというか…どういうか…。



師匠が、師匠らしくない。



いつも明るく朗らかで笑ってる師匠じゃない。
普段からからから笑う、それでいてオレを狙うような妖しい光を宿した目をしているあれではなくて、どこか冷めたような笑みで、無気力な表情をしている。
想像できないその姿。
昔のような凛とした姿とも重ならない、初めて見る姿。
気丈にふるまってツンツンしていたあの頃ではなくて、無理やりすり寄ったオレに対して見せた弱弱しいものでもなくて。
言いたいことを言い出せない、決めたいものを決められない、そんな感じだ。
…?何か悩み事でもあるのだろうか?
いかにオレの空手の師匠といえ彼女は一人の女性であることに変わりない。
普段は快活で悩みなんて見せないそぶりをしていたところで悩みがないというわけではない。
彼女もまた悩むんだ。
何についてかは知らないけど、悩みを持つ一人の女性なんだ。
ならオレができることはそれを解決できるように手伝うこと。
その問題を解決させるのは最終的には師匠だ。だからオレはそれを手伝うことまで。
たった一人の大切な師匠なんだ、それくらいして当然だ。
しかしここでストレートに聞くというのはあまりいただけない。
繊細な問題だからこそ解きほぐすようにそっと探っていく。
オレもそこまで気が回せないわけじゃないんだから。
「師匠、何かあったんですか?」
元気のない師匠にそう言った。
師匠は空手着姿でオレと対峙しながら拳を構えている。
それでも覇気を感じられず、俯いた顔には影が差していた。
本当に師匠らしくない。
「うん?」
ワンテンポ遅れてからの返事。
聞き逃したというわけではないだろう。
すぐに反応できるほどの精神力がなかったとでもいうのか。
「ん、いや、なんでもないよ」
「…」
なんでもない。
そんな言葉を普段の顔で普段の笑みで言われたなら気にすることはなかっただろう。
しかし今の師匠は誰がどう見ようとも何かがあった顔だ。
気になって声をかけてしまう顔だ。
誰もが美女と称すことができる美貌を持っていようと曇った表情ならそれも半減する。
それ以上に普段の行いがないことが一番気にかかる。
本来オレと師匠が稽古に入るまでに何度かセクハ…ちょっと過激なスキンシップを受ける。
例えば道着に着替える時―





「…」
「…」
「…師匠、いつまで更衣室にいるんですか?」
「え?いちゃいけないの?」
「いけないに決まってるでしょうが。師匠は女性、オレ男。それもう着替え終わってるじゃないですか」
「でもここには自分とユウタだけだよ?だからね♪」
「だからねじゃないでしょうが。ほら、出てく出てく」
「うわーんひどいよー」
「………よし、鍵かけた。これでもう入ってこないよな」
「むしろユウタから入って来てほしいな♪」
「…どっから入ってきたんですか?」
「んふふ〜♪どこからだと思う?当てられたらご褒美として―」
「出てけっ!!」






休憩中なんて―






「ユウタ、ゲームしよう?」
「…はい?ゲームって?」
「ゲームはゲームだよ」
「でも師匠、ゲーム機持ってないじゃないですか」
「そんなのは必要ないよ、ほら」
「トランプ?」
「そそ、ポーカーでもと思って」
「……ちなみにかけるものは?」
「服」
「…やめときます」
「それじゃあ麻雀は?」
「…かけるものは?」
「服」
「…やめときましょう」
「じゃあ野球拳は?」
「脱衣から離れてくださいよ、まったく。師匠
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33