もっと貴方をお・し・え・て♪

あたしがユウタを見つけて、宿屋をとって寝食を共にして数日がたったある日のこと。
ここ最近になってあたしの日常の一部となる大切な彼との時間を過ごしながらあたしはふと口にその言葉を出した。



「ユウタってどこから来たの?」



それは今までに何度も抱き、それでも聞かないようにしていたものだった。
ユウタから故郷の話を聞いたことはないが時折どこか遠くを眺める姿を見ることがよくあった。
例えば夜中、それも月が真上に昇る真夜中と言える時間帯。
一人でテラスにぽつんと立っていてずぅっと遠くを見つめていた。
ただ単に夜空に輝く月や星を見ているのではないと気づくのは分かりやすい表情をしてたっけ。
淡い光に照らされる姿は闇夜に同化してしまいそうなのに見とれてしまうものがあった。
だけど、不思議な雰囲気を醸し出す姿はそれ以上に遠いものに思えた。
どこか遠く、ずっと遠く。
黒髪黒目はジパング人の証といっても差し違いない。
でも魔物という概念の抜けていたユウタの故郷がジパングにあるとは思えなかった。
それはまるであたしの手では絶対に届かない所にあるように。
色々な海を駆けずり回るセリーヌでも行ったことがないような所にあるかのように。
「うん?…そうだな」
別段気にかけた様子を見せないユウタだったがそれでもあたしにはわかった。
その瞳の奥に宿した光は顔に浮かべた表情とは違うものを感じさせる。

故居を想う、懐郷の念。

「黒髪って言えば…やっぱり東だな」
「東ってジパング?」
「ジパング、か…そうだな、ジパングからちょっと来た」
その言葉はわかりやすい嘘だった。
表面を誤魔化し偽っただけのただの言葉。
嘘をついたのは故郷のことを思い出したくないからか、それともあたしに変に心配かけたくないからか。
普段から何かしら笑みに近いものを浮かべているユウタはいつもと同じように笑いながらそう言う。
だけど一瞬、ほんの刹那、ユウタの顔が曇ったことは見逃さなかった。
触れて欲しくない部分に関わることはいけないけれど、それでも知りたいと思ってしまうなんてダメね。
気になってしょうがないとはいえ、それがユウタにいい思いをさせないというのはこちらも良しとはいえない。
でもやっぱり知りたいものは知りたい。
ユウタの故郷は?
好みは?
ユウタの家族は?
性癖は?
ユウタの大切な人は?
フェチは?



―ユウタの恋人は?




思えばわからないことだらけ。
そりゃ共に過ごしたといってもその時間は数日、長いあいだ付き合った恋人なわけでもないから細かなところまでわかるわけもない。
だからこそ知りたいし、理解したいのに…。
聞けば聞くほど遠くへ言ってしまう気がする。



―あたしだけの、王子様は…。



そう考えていたとき、急にドアの方から物音がした。
もう誰だかなんて確認するまでもない控えめなノック。
「お、来たか」
ユウタもその音が誰が来たものか理解したように椅子から立ち上がり、ドアの前へと歩いていく。
「どうぞー」
そんな声と共にゆっくりとドアをあけた先にいたのはやっぱりというか、なんというか、セリーヌの姿だった。
「こんばんは、ユウタさん」
そこには以前と変わらず、それでも嬉しそうな表情を隠さずに水路からユウタを見上げていた。
頬を染めながら両手を背に隠す姿はまるでこれから意中の男性へ告白する乙女の姿。
でもセリーヌのことだからきっと何かを隠してることだろう。
今までだって彼女がここに訪れるたびに手にしてくるものがあったのだから。
美味しいお菓子やちょっとした果実水。
お話をする際にぴったりのおしゃれなものを。
だけど、セリーヌのことだからそれらが安全とは言い切れないわね。
例えば、媚薬入りのお菓子とかちゃっかり持ってきそうなんだもの…。
「実はこのようなものを頂いたんです」
そう言ってセリーヌが背に隠すようにしていたものをあたしたちの目の前に出した。
それは想いを綴った手紙でなければ、怪しさを隠した媚薬入りお菓子でも無かった。
「あら、ワインかしら?」
透き通ったガラスで形作られたそれの中には真っ赤な液体がゆったり波をうっている。
ラベルを貼り、小さく描かれているのはそれが作られた年と場所。
それはどう見ようとも立派なワインにしか見えなかった。
「ユウタさんもご一緒にどうですか?」
「そうね、ユウタ」
「ああ…あー…うん、その…」
セリーヌとあたしの声にユウタは気まずそうな声をあげた。
がしがしと頭を掻きながら視線を彷徨わせているのだけど…どうしたのかしら?
「…もしかしてお酒ダメなんですか?」
「実は…まぁ、そう。飲めなくもないけど二十歳になるまで飲まないって決めてるからさ」
「あらぁ」
それは残念ね。
お酒は苦手な人だっているくらいだしユウタはその一人だった
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