歌とお前とオレと詩 前編

この世界に来て早半年。
ようやく文字も覚えられてきた今日この頃。
『食事処ハンカチーフ』の屋根裏部屋、オレの部屋の、オレの目の前には魔物がいた。
小柄でオレよりも年下で、両腕には青い羽。脚も同じ色した羽に覆われている。
瞳は青。髪も青。そのどちらもが吸い込まれそうになるような色だ。
顔も整った顔立ちで年頃の女の子らしい顔。
体にいたっては人間で言う第二次成長期に差し掛かったかのように膨らんできている胸。健康的なくびれがある腰。どう見ようと将来有望な美人になるであろう少女。
一見すればハーピーとも思える特徴をもった彼女。だが彼女はハーピーではない。

セイレーン

ハーピーに近い種類であり、魔力のこもった美しい声色で男を惑わすという。
惑わせそうなイメージ、ないのにねぇ…。
そんなこと考えながらオレこと黒崎ゆうたは目の前のセイレーンのアン・カーウィが作る歌詞を横から眺めていた…。

ことの始まりは二週間ほど前。

「お願い、ユウタお兄ちゃん!」
昼時 食事処 ハンカチーフにて
アンがオレに一枚の紙を差し出しながら言ってきた。
「次の歌謡大会にユウタお兄ちゃんと一緒に出たいんだよ!」
「…歌謡大会…ねぇ。」
歌謡大会の応募広告。
この街で開かれるという歌謡大会が近々開催されるということらしく、そのパートナーを探しているらしい彼女。
それにしても歌謡大会か…。オレのいた世界で言うところの大晦日にやる歌合戦的なものだろうか…?
「良いんじゃないかしら?」
「!キャンディさん。」
オレのすぐ後ろ、オレの背から覗き込むように広告を見ながらキャンディさんが言った。
「『二人一組曲ひとつ。あなたの想いをこめた歌を披露しませんか…?』ね…。まさかアンちゃんがその大会に出るなんてねー。びっくりよ。」
「…この大会、有名なんですか?」
「有名よ。この街にいる人は知らないくらいに。」
まるであなたのようね、と付け加えた。
…まぁこの街で黒髪黒目はやたらと珍しい存在だし…。
「町中のセイレーンがコレに出場するんだよ!だからアンもユウタお兄ちゃんと一緒に出たいな…。」
「皆してすごい歌を歌ってくるから優勝は難しいわよ?去年の優勝者なんて…。」
「…去年のはどんな人達が優勝したんですか?」
「…えっとね…//////。」
なぜだろう、アンが顔を赤らめている…。
そんなに恥じるようなことか、もしくはその人達の歌が上手かったか…?
「去年の優勝者たちはね、なんとヤりながら歌ったのよ…。」
「…は?」
「えっとね…その、喘ぎ声でね…歌を……歌ってたの…//////」
「……(絶句)……」
それは無いわ…。公共の場で、公衆の面前でなんつー破廉恥行為を…。
ただの見せびらかしじゃねーか…。
オレのいた世界ならすぐさま逮捕だっつーのに…。
それならアンが顔を赤らめたのも頷けるだろう。
「その声や行為にあてられて…その後はひどかったわ…。もう大乱交よ。」
最悪だ…。歌でも何でもねぇよ…。
「それでね…審査員の人もあてられて…それで…。」
「…優勝ね。ずるいというか、すごいというか…。」
とにかく笑えない…。
「えっとね、それでユウタお兄ちゃんと一緒に出たいなって…。」
「オレはそんな破廉恥行為はしないからな…。」
「そっそんなことするんじゃなくてね!私と一緒に…その、歌を考えて…歌ってくれたら…。」
…ふむ。まぁ困っているということなら手助けはさせてもらおう。
なんだかんだ言ってアンは近所に住むオレにとってのかわいい妹的存在なわけなんだし…。
べっ別に『お兄ちゃん』なんて呼ばれて舞い上がっているわけじゃないんだからね!
今まで散々女の尻に敷かれてきたような人生の中で、慕ってくれたこの子を純粋にかわいいとか思ってないんだからね!

そして、今に至るわけだ…。

「…うーん。」
難しい…。今までいろんなことさせられてきたけど歌詞を作るなんて事はやったこと無いぞ…?
この世界における歌はオレのいた世界とはやっぱり異なり基、本子守唄に使われるような優しい曲が基本らしい…。
ロック…ないな。ヘビメタ…さらに無い。レゲェって手も無いような…無いな。全力で。
だったら頭に思い浮かぶ曲を片っ端から挙げていくまでか…。
「…難しいね…。」
「…だな。簡単そうに思える事ほど意外に難しいなんてな…。」
「もうお手上げだよ…。」
「手というか…翼だけどな。」
とりあえず挙げていくまでか…。下手な鉄砲数うちゃ当たるもんだし。
まだ残っているオレのいた世界の記憶を探る。
えーっと…なにか無いかなー…。思い浮かんだもの口に出していこう…。
「いいことあるぞー、ミスタード―」
―駄目だ!!これは駄目だった!!思いっきり店の名前入ってるじゃねぇか!!!
あまりにも聞き慣れすぎたCMソングはまずいな…。

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