―逸らせない。
妖しい光を宿した瞳から。
―背けない。
脳に染み込む蕩けた声から。
―否めない。
甘いのに爽やかな香りから。
―逃げられない。
重なり合う肌より伝わる媚熱から。
―拒めない。
彼女の純粋な求めから。
「ユウタぁ…♪」
切なげにオレの目の前で、今にも唇が触れてしまいそうな距離で彼女はオレを呼んだ。
甘い声が拒む気持ちを染め上げていく。
熱い吐息がまともな判断力を奪い去っていく。
潤んだ瞳が思考をどろどろに溶かしていく。
「し、しょう…」
このまま進みたいと思っている。
関係を深めたいと思っている。
師弟の関係よりもずっと深く、上下の関係よりもずっと魅惑的。
淫靡で、可憐で、甘い男女の関係へ。
「師匠…っ」
そのまま一歩踏み出して建物の中へと進もうとしたそのときだった。
「―…っ?」
腰あたり、ズボンのポケットから感じる微弱な振動。
空いている手で探るとそれは一つの黒い携帯電話。
画面に表示されているものを特に見ようとせずに、ボタンを押してそれを耳に当てた。
そしてすぐさま後悔する。
「こんの馬鹿弟っ!!!!」
携帯電話を当てた耳から反対側へ声が突き抜けるほどの大きな声。
鼓膜が破れたのではないかと思うほどであり、すぐさま耳から離す。
しかし離してもなお電話からは同じ大きさの声が聞こえた。
「いったいこんな時間までどこにいるのさ!え!?」
「…声のボリューム下げてくれよ、あやか」
その声の主はオレの双子の姉である黒崎あやかだった。
あやかはオレの声なんて届いていないかのように先ほどと変わらない大きさの声でしゃべる。というか叫ぶ。
「今何時だか知ってるの!?」
「九時ぐらいだろ?別にこれぐらいの時間で歩いててもいいだろうが。お母さんみたいなこと言いやがって」
「あんたが戻ってこないと番組録画できないんだよ」
「…それくらい一人でしろよ」
まったくこの暴君様は…。
自分の都合第一で他はその二、三なんだから…。
「ところで今どこ?」
「………駅近く」
流石にホテルの前にいますなんて言えはしない。
いったら絶対怒鳴られるし、明日から目もあわせてくれないだろうから。
軽蔑どころの騒ぎではない。
家族だからこそさらにつらい目に合わせられる。
「ふぅん…?何してるの?」
「…と、友達と食事してくるって言っただろ?」
今日は仕事が休みであるお父さんにも言っておいたからあやかも知っているはずなのに聞いてなかったのか。
とにかくここは何とか誤魔化さないと。
師匠といる、何て言ったら絶対に戻って来いと怒鳴られる。
最悪あやかがここに来る事だってありうる。
それくらいのことを平気でしでかすんだ。
オレが師匠といることを何よりも嫌い、師匠という存在を嫌悪しているのだから。
「へぇ…友達?」
「そ、そう、友達」
「…その友達ってさ…
髪の毛灰色の女じゃない?」
「っ!!!」
何で女性というのは鋭いのだろうか。
どうして女性というのはこうも勘がいいのだろうか。
どこかで見ているのではないかというくらいに正確で、見張っているのではないかと思うほど的確だ。
「そんなわけないだろ。第一灰色の髪って師匠じゃないんだし」
その師匠が今傍にいるんだけど。
傍どころかオレの腕の中にいるんだけど。
「…そう」
オレの言葉に若干不満の残るような声で話しながらも何とか納得してくれたらしい。
その後録画のやりかたを懇切丁寧に説明し、電話を切る。
「はやく帰ってきてよね」
最後にそんな言葉を残してあやかとの通話が途切れた。
まったく、人が師匠と一緒にいるときに電話してくるなんて。
…いや、それでもナイスタイミングだったか。
この電話がなければオレはあのまま師匠と共にこのホテルに入っていたかもしれないし。
先ほどのわけのわからない感覚に陥ることもないだろう。
助かった…というべきか。
とりあえず携帯電話をズボンのポケットにしまいこみ、未だ支えている師匠を見た。
先ほどまでオレを求めていた彼女は。
「くぅ…んん…」
「…」
眠っていた。
…少しだけ残念な気がしたが…今はこれでいいか。
あのままでいるわけにもいかず、今オレは師匠を背負いながら夜道を歩いている。
夜になり冷えた風が体から熱を奪い去っていく。
温かな季節とはいえ肌寒さを感じる今、オレは上着を師匠に着せて背に負っていた。
一枚の布が消えたことにより彼女の体の感触がより明確に伝わる。
落ちないようにと首に回した腕が無意識に首を抱きしめる。
背中で潰れる大きな膨らみ。
耳元で囁くように聞こえる小さな寝息。
手から伝わる胸とは違った太ももの柔らかさ。
体と体を伝いあう体温。
蕩けるようで爽やかな甘い香り。
そのどれもがオレを狂わそうとするが何とか耐える。
慣れてい
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