師匠は昔からあんな性格だったわけではない。
以前の師匠はもっとお淑やかで凛々しくて大人の女という雰囲気をかもし出していた。
オレのお父さんの実家に住んでいるあの二人の女性とはまた違ったもの。
玉藻姐のように妖艶でなまめかしいのではなくて。
先生のように柔和で上品ではない。
師匠独特で、女性だからこそ引き出せる爽やかな魅力を見せていた。
初めて師匠と出会ったときのことは今でも覚えている。
お父さんに手を引かれ、車に乗り、連れて行かれたのがここら周辺ではまず見ない大きさの道場。
その道場の後ろに堂々とそびえ立つ豪邸のような建物。
そして、出てきた女性はこの日本じゃ考えられないような美女。
モデルのようなスタイルに灰色の長髪、幼くともわかる美人だという顔ににこやかな表情。
髪の毛が紫色で瞳の色が金色の先生とはまた違う、髪の毛が狐色、お酒が大好きな玉藻姐ともまた違う。
そんな彼女を前にしたときどこかに違和感を抱いた。
言葉にできないような感覚。
しかし子供であり、まだ小さかったからそんなものはすぐに気にならなくなった。
隣にいたお父さんだって特に気にした様子を見せていないのだし。
オレも特に気にしない。
お父さんと共に目の前の女性を見つめていた。
ただ、そこでまた違和感。
違和感というよりも不思議に感じることが一つ。
それは彼女がオレと先生を見つめて怪訝そうに首をかしげたことだった。
何かがおかしい、何かが違う。
それが何なのかはわかるはずもなく、また彼女はそれを気のせいにしたのかすぐさま首を戻し、お父さんと話し出した。
聞こえてきた内容はオレを彼女の下で空手を学ばせたいということと、それを快諾する彼女の声。
大人同士の会話をしている最中についっと腕が後ろに引かれた。
そこをみるとオレよりも身長の低い、幼い少女。
子供の頃の黒崎あやか。
興味本位でついてきたオレの唯一の双子の姉。
あやかはオレの腕を強く掴んだまま彼女を見ていた。
否、何も言わずにただ睨みつけていた。
「今日から自分が君の師だよ。よろしくね、黒崎ユウタ君」
「よろしくおねがいします!!」
そのとき道場にいたのは二十人弱の門弟。
年齢は 最高が高校生くらい、最低でオレよりも小さい子供。
男が多く、それでも女もいるはいる。
幅広く集まったメンバーの中に新たにオレが加わった。
なんとも懐かしい。
あの頃はまだ無邪気で、普通に人と接することができていて、道場の皆と仲良くなれていたっけ。
楽しく話しもできてたしふざけあうことも多々あった。
騒がしくて、賑やかで、それでも楽しい空間だった。
あの頃の師匠はまだクールで凛としていたし。
ただ、一つ。
一つだけ、その空間で違和感を抱いたことがあった。
皆は師匠を前に平然としていること。
あれほどの美女を前にしたらもう少し反応があると思うのに。
誰も話しに行かないし、特に親しげにしている人がいない。
それは既に慣れてしまっているのか、それともまだ性に疎い年頃なのだろうか。
幼かったオレにはそんなことわかるはずもなくただ日々の稽古を続けているだけだった。
中学生になったとき、初めて師匠と組み手をした。
今までは稽古仲間と共にしていたのだが師匠とするのは初めて。
オレは手には勿論、頭にも体にも防具をつけて臨んだ組み手。
結果は一分と三十二秒。
オレの突きも蹴りも掠ることなく師匠の上段回し蹴り一撃で終了。
蹴られてそのまま床に頭を強かに打ちつけた記憶がある。
はっきりと覚えている。
あの時、オレが起き上がったときに師匠が言い放った言葉までも。
「今まで自分の下で何を学んでいたのかな?」
冷たく、はっきりとした口調。
「自分の一撃で倒れちゃうなんて正直期待外れだよ」
相手の気持ちを考えない事実のみの言葉。
「ほら、終わりならそこどきなよ。次が控えてるんだからさ」
棘棘しくて容赦のない言葉。
まるで寄せ付けたくないような、自ら突き放すような物言い。
それは中学生とはいえ流石にきついものがあった。
それでも。
そのときのオレにとって空手を習うことが力をつける近道だと思っていた。
途中、お父さんの実家に住んでいる先生は「『合気道』を知っているので教えますよ」と勧誘を受けていたのだが断ることにした。
中学生になるまでやってきたというのにここであきらめるというのはなんだか…負けた気がするから嫌だった。
ようやく積み上げてきたものを崩すのは耐えられなかった。
帯だって、やっとあと二つで黒帯になれるというところまで来たんだから。
「終わりじゃないですよ」
震える足で立ち上がったのを覚えている。
震える声でそういったのも覚えている。
「まだ、できますから」
ふらふらで、力もろくに入らない状態だった。
それでもあきらめ
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