オレと日常

オレこと黒崎ゆうたには一人の師匠がいる。
それは嘘みたいな美女であり、夢のような麗人であり、信じられないほどの美姫である。
そんな彼女のもとにオレは週に三回ほど、空手を習いに通っている。
オレが習っている空手の師こと師匠と初めて出会ったのは小学校二年生のとき。
オレがお父さんに頼んだことが始まりだった。

『じゅーどー、おしえて』

それは幼い頃にオレが思いついた簡単なことであり、覚悟したことである。
うちの家族で男であるのはオレとお父さんだけ。
お母さんに姉ちゃん、それから双子の姉の計五人家族。
だからこそ男である以上、兄も弟もいない以上オレがしっかりしないといけない。
幼くても、守りたい。
男はオレとお父さんだけなのだから。
我が父はいたって普通の社会人。
どこにでもいるような父親でちょっと寡黙で放任主義。
それでもどこか優しく、温かい人である。
そんなお父さんは柔道をやっていた。
それを教えてくれたのはお父さんの実家に住んでいる玉藻姐と先生。
もっとも教えてくれただけでそれがどれほどの実力なのか、本当にやっていたのかは定かではない。
だが、幼い頃のオレはどうでもよかった。
ただ強くなれるのであればそれだけでよかった。
姉を、双子の姉を守れるような男になれれば何でもよかったんだ。
だがおお父さんはそんなオレの頼みを断った。
ただ断っただけではなく、別の提案をして。

『どうせなら空手なんてどうだ?』

思えばそれが始まりであり、師匠との出会いへ続いていく。

あれがなければこうなってはいなかっただろうし、こうして師匠と二人になることもなかっただろう。

今現在、オレの目の前には絶世の美女といっても過言ではないほどの女性がいた。
彼女は真っ白でしわ一つ、汚れ一見当たらない胴着を着込んだ姿で立っている。
腰に巻かれた鮮やかな赤い色の帯、その端には唇が中に描かれたハートマークをリボンらしきもので飾ったなんとも風変わりなマークが刺繍されている。
背はすらりと高く、鉄心でも刺さっているのか真っ直ぐな姿勢。
胴着から出た肌は傷も染みも見当たらず、真っ白な様は陶磁器を思わせる。
普通の服と違って体の線が出にくいこの姿でも彼女の豊かな女性の象徴は隠しきれない。
丸みを帯びた臀部のライン、スリムな腹部は流石に見えないとしても厚手の生地でできた胴着を押し上げる胸は胴着の隙間から深い渓谷を覗かせる。
本来きちんと着こなしていればそんなものは見えないというのに…見せ付けているのだろう、この女性は。
表情は普段どおり、何か嬉しいことがあったのか、それともこれから起きるのか期待しているニコニコ顔。
大人びた顔立ちにすっと通った鼻筋、細い顎に艶やかな唇。
それはいつものように端が持ち上がり、まるで愛らしい子供のように笑っている。
女性として完璧な体つき、女としてこれ以上ないほどの顔。
そして、何より特徴的なのが彼女の整えられた長髪。
黒いわけではなく、白いわけでもなく。
灰色である。
普通そんな姿は異常あるも自身の美貌が合わさって人間離れした美しさだと思えた。
かもし出しているのはどこか妖艶で、それでも高貴で、それなのに無邪気な雰囲気。
百人中百人が、むしろ誰もそれ以外の言葉を思いつかないのではないかというほどの美しさを持ったその人物。



「んふふ〜♪今日はね、こんな稽古をしてみよっか♪」



それがオレのたった一人の師匠である。



木でできた板を張り巡らせた床、高めの天井に輝く蛍光灯の明かり。
やや高い位置に作られた窓の向こうは墨で塗りつぶしたかのように真っ黒だ。
既に夜であるこの時間、無機質で質素で、とても広いこの空間にオレと師匠の二人っきり。
かたや絶世の美女、かたや平々凡々の高校生。
それは傍から見たらとんでもなく異常で異質なものであるに違いない。
それでも仕方ない。
オレにとっての師匠は彼女一人だけなのだし、彼女にとって弟子というのはオレ一人だけだ。
昔ならこの場にはオレ以外の生徒も沢山いたのだが…。
「師匠、こんな稽古って何ですか?」
「これだよ」
そう言って師匠が出してきたのは椅子二脚と、板。それから蝋燭数本。
一見何に使うかわからないがそれを見て思い出した。
それは一見遊びにも見える稽古内容。
なんとも稚拙で子供っぽい、それでもちゃんとしたもの。
椅子で支えられた板の上に火をつけた蝋燭を並べて立たせ、その蝋燭の火を消すというもの。
勿論ただ火を吹いて消すわけではない。
拳を突き出し、そのわずかな風で消すというものである。
ただそれをやっていたのは昔であり、打ち合い蹴りあう『組み手』や相手がいることを仮定して動く『形』と比べるとなんとも子供っぽいものである。
だから最近は、師匠と二人っきりになってからはやるはずもなかった。
「懐
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