オレがこの館、この街の領主様クレマンティーヌ宅にお邪魔になって早三週間が過ぎた。既に三週間、もうすぐ一ヶ月である。
その間にオレは58回殴られ、22回気絶を経験している。
打撲に骨折なんて何度したのかわからない。
しかし、そんな中でクレマンティーヌの問題はだいぶ解消されていた。
「親指、人差し指、中指、薬指、小指…」
その言葉に続くようにその指を互いに触れ合わせる。
柔らかく絹のような手触りのする手のひらと白魚のような細くて綺麗な指が重なる。
肌と肌が触れ合い、オレよりも少し低い体温が伝わってきた。
ヴァンパイアとは人間よりも体温が低いのだろう。
ひんやりとしていて、それでも嫌な冷たさじゃない温もりあるクレマンティーヌの手。
「もうこれぐらいは平気?」
「ああ、やっとここまでこれたよ」
オレはクレマンティーヌと正面から手を重ねていた。
三週間経ってようやくここまで来れた。
長く、痛く、険しいものだったがようやくだ。
「それじゃあ、克服おめでとう、だな」
これで終わり。
これでおしまい。
ハッピーエンドに大団円。
オレがハリエットさんから頼まれていたことは今を持って終了だ。
だから後はオレがクレマンティーヌに血を税として納めればいいだけ。
最初からそれが目的だったし、それを利用してここまでさせたのだから。
そぅっと手を離そうとするとそれよりも早くクレマンティーヌの指が絡み、動きを遮られた。
「…クレマンティーヌ?」
「あ、ああ…いや、その…」
もう触れても殴り飛ばさないのだから十分だろう。
これからはきっと領民にも普通に接せる。
オレはもう用が済んだんだ、あとは血を納めればここで済ますことはなくなる。
だから触れていること自体もう意味もないのだがクレマンティーヌは手を離さない。
それどころか先ほどよりも力を込めて握る。
痛くはない、それでも離せないように。
「もう少し、もう少しだけでいいんだ…こうしていていいかな?」
その言葉に一瞬驚く。
驚くがそう言われては断れない。
「…仕方ないな」
その手を握り返し、そのままでいる。
隙間なく重なり合った男と女の手のひら。
そこからはクレマンティーヌの体温が先ほどよりも伝わってきた。
「ユウタの手は…温かいね」
「そう?」
「ああ…こうしているとすごく落ち着くんだ」
「そっか」
握って、ずらして、撫でて、それでも離さない。
指先が手の甲を撫でるのがくすぐったく、どこか気恥ずかしい。
手を握っているというだけなのにだ。
…いや、こんな美女と手を握れているんだ、そうならないのはおかしいか。
そのまま手を繋いでいるとそっとオレの顔の傍でクレマンティーヌは囁いた。
「ねぇ、ユウタ………今夜、私の部屋に来てくれないかい?」
「…部屋に?」
夜に女性の部屋というのはなんとも妖しい雰囲気だ。
ほんのりと頬を赤く染めてそういわれると男なら誰でもそういうことを期待してしまう。
だがクレマンティーヌはやっと触れ合えるようになったというところ。
そんなところでは当然ないだろうし、あるとすれば…一つ。
吸血。
オレがクレマンティーヌに言ったこと。
直接首から血を吸うということ。
元物それが条件でオレはここにいるのだし、それができればお役御免、ここにいる意味もなくなるというもの。
「わかった」
了承の返事を返すもどこか寂しいと感じていた。
だが、これでいい。
これで終わりなのだから。
夜。
オレは言われたとおりクレマンティーヌの部屋の前にいた。
他の扉とはまた違う、細かく豪華な装飾のされた扉。
一目見るだけで周りと違う、この屋敷の中で一番重要な部屋だということがわかる。
その扉にオレはノックをした。
また、三回。
「ああ、入ってくれ」
すぐに声が掛かり、扉をあけて中に入る。
扉の向こう側には大きな窓から差し込む月明かりを浴びて幻想的な雰囲気を纏うヴァンパイアがいた。
金色の長髪が優しく輝き、真っ赤なドレスが揺れ動く。
傷一つ、染み一つない白い肌に豊かな二つの膨らみがわずかに揺れた。
切れ長で凛とした目、血のように真っ赤な瞳。
ほんのり朱に染まっているように見える頬、艶やかで魅惑的な唇。
その光景は芸術、そういっても過言じゃないものだった。
「そんなところに立っていないでこちらへ来て欲しい」
「あ、ああ…」
誘われるままにクレマンティーヌの隣に歩いていく。
そうしているうちにようやく部屋の光景が見えてきた。
オレの宛がわれた部屋よりもずっと大きな部屋。
場所をとらず、なおかつ目に映える芸術品がいくつも飾られている。
年季が入っているのを微塵も感じさせない戸棚に座れば拒まず沈むのではないのかと思えるソファ。
大理石で作られているテーブル、銀色の大きな時計。
小さな花瓶は鮮やかな模様が描かれていてさ
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