ガィン カァン カァララララ・・・
乾いた音を立てて石造りの床で回るのは ありふれたデザインの兜。
備品部の下っ端が一山いくらで買ってきた数打ちの品だ。
俺たちの職業上、本来の役には立たず首を鍛える重りと化している。
ぞんざいに扱っては班長に怒られるのが俺たちの日常だ。
そんなわけで今日の俺はいつものように人差し指で兜を回していたんだ。
日ごろの訓練で鍛えた指は重い兜を回しても悲鳴を上げない。
問題なのは集中力。暇つぶしでやっているので他の事に気を取られがちだ。
ボケた頭でお茶のコップに手を伸ばしたら手が滑って当然だよな。
まずコップが倒れて簡素な机が熱いお茶浸しになった。
次いで机から垂れた熱いお茶がズボンに染み込む。
「はァん!」と奇声を上げて俺が立ち上がる。
当たり前のように宙を舞う兜。
いつもなら床に直撃するはずのそれが
今までで最高の飛距離をもって
最悪の着地点を見出した
突然だが俺の仕事は侵入者をこの部屋で足止めすることだ。
しかし訓練しているとはいえ俺は百戦錬磨の戦士ではない。
素人に毛が生えた程度の兵士が職務を全うするために
この部屋に用意された存在がある。
あろうことか
その存在に向かって
兜は飛んでいく
床の兜が回り終わっても思考停止は解けなかった。
目の前の存在が光を宿した時、悪寒と共に頭が回りはじめる。
弁償で済めばまだよかったが、この失敗は命で償う羽目になるかもしれない。
俺はやってしまった事を確認するように目の前の光景を見守るしかなかった。
兜が直撃した台座はヒビが入り表面の文字が欠損している。
台座の上に座っていた石像が光の胎動と共に細かく痙攣する。
硬く閉ざされた目蓋が開き、まっすぐな瞳で俺を見つめる。
「私の封印を解いたのは おまえか?」
俺の不注意で起動したガーゴイルの第一声がそれだった。
――――――――――――――
「ぅぎゃぁぁぁぁぁっ!」
目の前が真っ白で息ができない。顔が何かでふさがっている。
手で叩くように顔面に張り付いているものにさわってみると
どうやらこれは本来俺に安眠をもたらすはずのシーツの一部のようだ。
隙間に指をねじ込むようにしてシーツを引き剥がした俺を待っていたのは
台風一過とでも言い表したくなるようなベッドのありさまだった。
「・・・夢かよ。」
汗で重くなった寝巻きを乱暴に脱ぎ捨てて窓から外を見る。
遠く見える山々は仄かに色づき、秋の到来を告げていた。
時刻は昼過ぎだろうか?外周市場特有の喧騒がここまで届く。
ここは『街』の中心部と外周部を隔てる壁に沿って作られた宿舎の一つ。
南門詰所の中の一人部屋だ。ベッドと文机のみで独身御用達と言った風情だ。
こんな部屋が2階とあわせて10部屋用意されている。
ここに住む者の仕事は南門を通過する『全て』を管理する事だ。
中心部に入れてはならないモノはここですべて排除される のだが
街長の認可状がある場合は臨検免除なので機能してるのか微妙だ。
自分の仕事に疑問を抱くほど空しい事は無いので思考を切り替える。
まずは昼飯を食って夕方からの仕事に備えるとしよう。
俺は適当にベッドを整えると籐の籠から取り出した服を着る。
洗って干したあと籠に放り込んだままの服は見事にヨレヨレだが仕方がない。
宿舎を出て南門をくぐる。見飽きた部屋に顔なじみが退屈そうに座っている。
「おうディーン やっと起きたかこの寝ぼすけが」
ディーンと言うのは俺の名前だ。ディーン・ドゥルカスがフルネーム。
D・Dと呼ぶやつは殴る事にしている。ろくな思い出がないからだ。
「寝すぎて妙な夢見たぜ。お前の調子はどうだ?ファイス」
目の前のボンクラはファイス・ファムリース。同期の腐れ縁だ。
口は悪いが気の良いやつでF・Fと呼んでも殴られる事はないだろう。
「居眠りこいてもOKなくらい暇だ。南門だし当然と言えば当然だがな」
人々が行き交う主要な道路は『街』の北をかすめるように通っているので
北門は毎日大勢の人々が押し寄せてとても忙しい。
対して南門は未開の森や山に続く小道があるだけなのでそこから来るのは
門をくぐれない行商目的の魔物だけである。『街』から森や山に行く
物好きな者だけが南門を利用する。つまり いつでも暇なのだ。
「俺は昼飯を食う!腹具合から考えて朝飯を食わずに寝たらしい・・・」
「外周市場に行くなら『アレ』買ってきてくれよ。手持ちがなくなった」
「わかった」と言いながら外周市場へ抜ける門の前に立つ。
ファイスが胸元に下がった金属製の護符を撫でると石のこすれあう音が響く。
くぐってきた中心部側の門が閉じたあと、目の前の門が開き始める。
開ききった門をくぐるとファイスが護符をもう一度撫でて門を閉じた。
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