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「以上が今回のダークマター越境事件の顛末です」
目の前のスライムが長い報告を終えた。彼女は魔界からの伝令だ。
我がスライム病院にいても目立たぬよう選抜されたのだろう。
どうせなら紫色の子でも私は一向に構わないのだがね。
「『街』への要請はいくつかありますが主に難民の収容をお願いしています」
今回は魔族化した者とその家族以外は、ほとんど『街』で受け入れるようだ。
以前の災厄の時には子供以外全て魔族化した村もあった。
今回は余程効率的に事を収める事ができたらしい。
「つきましては先生にメディカルチェックをお願いしたいと思いまして」
「はいはい 承りますよ。金なら街長が払いますしね」
「これでお土産でも買いなさい」とナイジェルの給料一ヶ月分渡して
伝令のスライムを送り出した。さすがにベスの一ヶ月分は無理。
魔物の真実を垣間見た人間を『街』で受け入れる事ができるのは良い事だ。
他の土地ではどうしても少数派として意見を抹殺されてしまう。
その点ここなら魔物という存在を再確認する事においても最高の環境だ。
ダークマターの越境は思わぬ災害だったが痛みだけでは終わらせない。
受け入れ予定の人々のリストを眺め終わり、ふと傍らの紙束を見る。
この領で多くの人に愛読されている新聞の数々である。
大手の新聞社は今回の件を『事件』として扱い、魔物側の陰謀を疑っている。
実際に魔物側との国境が後退しているので信憑性の無い記事ではない。
実際に領民の大半はこの説を支持するだろう。
そんな新聞の中に一つ
この『街』でしか発行されない少数部数の新聞の更に片隅。
今回の事件が『災害』であったと報じた唯一の記事だ。
そこにはダークマターの大まかな性質が記載されており
本来は魔界を出るような魔物ではないことが記されている。
そして、消えてしまった村が数日以内に魔界と化すことや
そこに新たなダークマターが発生する可能性があることも示唆している。
魔物を知る者が見れば理想的な記事であることがわかるだろう。
しかしながら、この記事が日の目を見ることは無いだろう。
第一に先にも出した発行部数の差。数には勝てない。
第二に魔物への恐怖。刷り込まれた恐れは容易に取り除く事はできない。
第三に一般の方はダークマターという魔物をご存じない。
余りに希少なために遭遇率が極めて低いのだ。
知っているのは教団の幹部か魔物図鑑を暗記している物好きくらいだろう。
きっとこの記事を書いたものは、そんな事百も承知なのだろう。
それでも 誰かが読むのなら
この記事を読んでいたから難を逃れたということも
もしかしたらあるかもしれない。
私は机の引き出しからハサミを取り出すと今回の件に関わる全ての記事を
切り抜いて無地の本に丁寧に貼り付け、のりが乾くまで放置する。
残りは全てストーブの火種になる運命である。良く燃えるし。
「さて 忙しくなるぞ〜♪」
通りがかったナイジェルを怖がらせるほどの笑みを浮かべ
私は聴診器を握る手に力を込めた。
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