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担架を運ぶ一団が見えたのは夕刻と呼べる頃合だった。
巡回中のジャイアントアントに頼んで『寝台』を掘ってもらう間
俺は伴侶となるかもしれない女の子のために『寝巻き』を用意していた。
「突然の来訪に関わらずこの手際 感服します」
「暇を見て準備をしているだけですよ。そちらこそお疲れのようで・・・」
「っ! ・・・」
何気なくかけた言葉が隊長の表情を崩してしまった。
それまでの凛とした姿は、どうやら痩せ我慢だったようで
今の彼女は端正な顔を怒りで歪めている。
「我が身の疲れなど 些細な事」
歯噛みして 振り返る。
「彼女の苦痛は、どれほどのものだったろうな」
・・・運び込まれた女の子からは被せた布を通してすえた匂いがした。
隊長の言動を見るに『そういったこと』の被害者なのだろう。
こんな時に男が話すべき一言というのがあるなら 教えて欲しかった。
「・・・すまない」
苦悩が顔に出ていたようで隊長が搾り出すようにつぶやいた。
凍りついた空気が全ての行動を阻もうとする その刹那
タイミングよく同僚がテーブルに紅茶を置き、他の隊員に配るべく席を外す。
「・・・うまいな それに あたたかい・・・」
隊長が湯気の立つカップを両手で抱え少しずつ口に含む。
その姿はかつて住んでいた片田舎の婦人となんら変わりない。
教団の思い描く魔物のイメージがいかに古いものか魔界に来て痛感した。
「墓守さん 少し よろしいか?」
「・・・なんでしょう?」
無遠慮に眺めていたのが気に障ったのかと思ったが、違うようだ。
どうやら紅茶で潤せたのは喉だけだったらしい。
隊長の顔には再び冷たい怒りが浮かび薄く泥が残る頬は若干青ざめていた。
気まずくて下げた視線の先では握り拳がギシギシと音を立て始めている。
マグカップを持ったままなら今ごろ弾け飛んでいただろう。
「男は女を虐げる事がそんなに楽しいのだろうか?」
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「・・・で 答えられなかった と」
「ああ」
夜の帳が落ちた頃、同僚と俺は紅茶に酒を混ぜながら愚痴り合う。
あの後、女の子の『就寝』は何事も無く完了した。
起き上がる以上『埋葬』という言葉はここにふさわしくない。
心身ともに新鮮なのでゴーストかゾンビになって目覚めるのだろう。
ちなみに骨の『就寝』は滅多にない。
『就寝』を見守る隊長に何も答える事ができなかった。
その事が悔しくていい年こいて反省会みたいな事をしているのだが
原料のわからないやたら甘い酒で紅茶を割ることはできても
男の性衝動を理屈で割り切る事など到底無理だった。
「おまえなら どう答えた?」
「紅茶飲ませて誤魔化す。実践済み。本来はそこからの話題転換が必須」
その言葉に同僚の巧みな処世術を今更ながらに実感しつつ
自分の不器用さを呪いたくなる。
「まぁ あんまりしょげるなよ」
半分ほどに減っていた俺のカップに同僚が酒を足す。
紅茶の面影は既に無い。
「俺みたいに捌ききれるような奴は 情緒に欠けるってもんだ」
つまみにしていた得体の知れない魚介類をかじりつつ
同僚がつぶやく。
「一緒に悩んでくれる奴に 女は弱いって話も聞く」
そういう話をしているんじゃないだろと目で語ってみるが
酒に酔った同僚はどこ吹く風だ。
「話を聞くだけでも役に立ったんじゃないかね と俺は思う」
俺は御免だがね と同僚はヘラヘラ笑いながらそんな事をほざいた。
投げやりに溜息をついてカップをあおり席を立つ。
せっかくのフォローを台無しにしそうな熱々脳味噌を冷やす為に
巡回という名の散歩をすることにしたからだ。
同僚は苦笑しつつ片手をひらひらさせて見送ってくれた。
夜間の巡回は義務ではないが、墓守の日課と言ってもいい。
基本的に生まれたばかりのアンデッドは『霊園』から出る事ができない。
強固な結界を張る事でアンデッドの流出を防いでいるのだが
「せっかく起き上がったのに当ても無く徘徊させるのも不憫だ」と言って
夜間の巡回をするものが現れ、墓守達の間で定着したらしい。
「職に付くかお見合いという名の抱き合いに挑むか 選べ」
とノーラと名乗るデュラハンに聞かれてから半年。
『寝台』のどこを使っていてどこが空いているかわかるまでに順応したが
未だにアンデッドとの遭遇は無い。
同僚は何人かのゾンビと遭遇し全てと『お近付き』になったそうで
毎日交代で違うゾンビを抱いているという。
一度明け方まで帰らず。やっと戻った時には干からびて服はボロボロで
「とりぷる ぶっきんぐ」と言い残し寝込んだことがあった。もげろ★
そんな事を益体も無く考えていたせいか、気付くのが遅れた。
夜の『霊園』で 木々が葉を揺らしている?
繰り返すが『霊園』
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