ブラック・ブライド・バーシング

 窓のない部屋はランプの弱々しい光で辛うじて照らされている。
 他人の表情を読み取ることすら難しい部屋で、机を挟んで向かい合い男女が一組。
 片方、銀色の長髪と真っ赤な虹彩、白い肌と整った容貌を持つ妙齢の女は、漆黒のソファーに深く腰掛け背を預け、ひどく落ち着いた素振りでいる。
 しかしもう一方、彼女に射竦められたかのように俯いたままの男、クレスは下唇を噛んで細かく震えている。
 彼には、何故彼が今ここに居るのか、分かっていないのだ。
 ある大きな悩みを抱え、どうしようもない焦燥感に苛まれ、あてもなく街をふらついていたと思ったら、いつの間にかこの部屋にたどり着いていたのだ。
 眠り薬を使われたとか拉致されたとか言うわけではない。ただ、何となく引き寄せられるような感覚に抗えず、見たこともない建物の前までやってきて、誘われるままに入室してしまったのだ。
 そんな状況だから、彼は自分が何をしたらいいのか、どうしたらいいのか分かっていない。
 すぐにでも退出したほうがいいのか迷っているらしきクレスを、女は少し面白げに睨めつける。
 微かに笑うと、緊張を解きほぐすように、殊更穏やかに言った。

「そんなに怖がらなくてもいいのよ。あなたは私の味方なんだから」

 女の言葉を聞いても、クレスは警戒を解かない。むしろ両目に、不信の色をありありと浮かべている。人間としてごく当たり前な反応を、女はどこか嬉しげに見つめる。

「なんて言っても、すぐには信じてもらえないわよね。
 でも、話すくらい構わないでしょう? 別にあなたから、何か取ろうってわけじゃないのよ。
 そもそも、あなたには何か悩みがあるのよね?」

 悩みの全くない人間などいないと知ってはいても、こうして心中をずばり言い当てられると、なかなか平静ではいられない。
 何だこいつは、売れない占い師か何かかと疑ってかかるが、女の赤く綺麗な目に見られていると、心の奥がざわついてまとまった思考ができない。
 言い返せないでいるクレスの返答を待たず、女はさらに続ける。

「ねえ、そうでしょう? ここは、そういう人が来る場所だもの。そういう人だけが来られるように、私が作ったのよ。
 あなたの悩み……お金とかじゃないわよね。もっと暗くて熱くて深い匂いがするもの。
 男女関係、でしょ?」

 心のなかを覗かれたように感じて、クレスの身体は雷に打たれたかのように痙攣した。
 何も言わずとも、その反応だけで十分だった。嬉しそうな様子を隠そうともしない女は、畳み掛けるように語りかける。

「ねえ、そうなんでしょう? だったら私が、あなたの助けになってあげられるの。
 何が問題なのか、教えてちょうだい。そうしたら、解決策をあげるから。誰にも言ったりしないから。ね?」

 彼の抱える悩みは、本来他人に相談できる類のものではなかった。
 しかしその女の声は、このくらい部屋の中でやけに優しげに響き、クレスの警戒心を解きほぐす。
 操られるまま、クレスは語りだした。



 彼の両親は、もう何年も前にこの世を去っている。彼はそれ以来ずっと、4つ年上の姉、イリーデと二人で生きてきた。
 二人で、とは言うものの、未成年の間は女の子のほうが男の子よりずっと早く成熟する。実質的に、イリーデはクレスの母親代わりとなった。
 もともと彼らの家庭は、富豪とまではいかないもののそれなりに裕福で、蓄財もあったため姉弟二人で路頭に迷うことはなかった。
 優しく、弟思いなイリーデはクレスの世話をしながらも、辛そうな様子を見せることはなかった。
 クレスの方もそんな姉を深く敬愛し、少しでも姉に楽をさせてやりたいと学業に励んだ。
 卒業するとすぐ主神教兵団に志願し、どんどん現場での実績を積み重ね、数年するうちには叩き上げの出世頭と目されるようになっていた。
 治安維持活動や拠点警護など、クレスは現場レベルで特に目覚ましく活躍したが、しかし彼は、同僚や上官ほどには主神教に傾倒していなかった。
 彼が日々鍛錬し、規律を守り職務に忠実なのは、ただそうすることでイリーデを喜ばせるためだった。
 給金はほとんど家に入れた。昔から自分を大事に育ててくれたイリーデに恩返ししたいという動機に偽りはなかったが、彼女に家の外に出てほしくないという思いも否定しきれなかった。
 犯罪者と斬り結んで傷を負っても、かえって嬉しいくらいだった。
 家に帰れば、姉が献身的に傷の処置をしてくれるからだ。姉に代わって一家の大黒柱となった自分が傷つくたび、姉は後ろめたく思っているのを知っていたからだ。
 自覚する事こそなかったが、クレスはずっと昔からイリーデのことを愛していた。エリートコースを目指す若き教団兵ということで、年上から年下まで何人かの女達が言い寄ってきたが、全く歯牙にもか
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