マザーズ・リトル・ヘルパー

 桃谷 櫻子は家事が好きだ。
 今は亡き夫が残してくれた遺産と保険金のお陰で余裕ある専業主婦生活を送れている彼女にとって、家事は人生の張り合いであり、また一人息子の恭一郎を愛する手段の一つでもあった。
 故に、櫻子は料理も掃除も嫌いではない。どうせ他にやることも無し、息子が学校から帰宅するのを楽しみに思ってくれるくらい、家の中のことはきっちりしたいと思っていた。
 しかし洗濯に関しては、少し話が違った。
 といっても、洗濯が嫌いだというわけではない。どちらかというと好きなくらいで、もし可能なら一日一度と言わず、二度三度としたいとまで思っていた。
 どういうことかというと。
 自分と息子の服をカゴに詰めて洗濯機まで持って行こうとする時、いつも櫻子はシャツや下着から立ち上る男の匂いに悩殺されるのだ。
 高校に入ったばかりの恭一郎は日ごとに男らしく、たくましく成長している。その成長と新陳代謝の証となる汗の匂いは、櫻子の脳を毎日激しく揺さぶっていたのだ。
 朝、息子が家を出れば櫻子は家に一人。彼女を咎める人間は誰も居ない。
 三十代も半ばを過ぎた主婦の肉体が潤む。爛熟期の肉体はやり場のない欲望を持て余し、息子に申し訳ないと思いながらも誘惑に抗えない。
 この日も櫻子は恭一郎の下着を顔に押し当てて何度も深呼吸した。
 金と暇と肉体を持て余した主婦たる櫻子が外へ男を求めに行かないのは、実際にはこれが原因だった。
 思う存分男の体臭を味わうと、まるで罪滅ぼしをするかのように熱心に、丁寧に洗濯するのだった。

 午前中は誰に気兼ねすることも無く母親失格ものの痴態を一人晒す櫻子だが、夕方、息子が高校から帰ってきてからはそんな様子はおくびにも出さない。
 親子二人、慎ましく夕の食卓に着く。無論成長期ということもあるのだろうが、それを加味しても恭一郎は櫻子の料理をよく食べる。毎日それなりに手をかけて夕食を作っている当の櫻子としては、それだけでもう、何か報われたような気分になる。
 恭一郎の方も、食事をしながら学校であった話を色々話してくれる。櫻子にとって高校生活は遥か昔に過ぎ去ってしまった遠い思い出だが、息子の語る高校の様子は彼女の女子高生時代とそうかけ離れたものでもなく、なかなか楽しく聞ける。
 その日、恭一郎はクラスで何かの委員に選ばれたらしかった。男子と女子一人づつで、行事の運営をするらしい。早速今日、打ち合わせをしてきたそうだ。
 その話を聞くと、急に櫻子は自分の鼓動が早くなるのを感じた。恭一郎が、女と二人きりでいる場面を想像してしまったからだ。
 語る口調からすると、恭一郎は同じ委員のその女に対して、これといって特別な感情は持っていないようだった。
 しかし、男子高校生というものは人類の中でも特に流されやすい種族である。女と二人で過ごすうちに、何かがあってもおかしくない。
 母親として、息子が女子高生と親しくなるのを厭わしく思うのはおかしいと、理性では分かる。
 しかし、いざ息子が自分の手を離れていってしまうと考えると、まだまだ成長しきっていない両肩の骨組みや、男にしては細く長い指や、美味そうに自分の作った料理を味わう唇などが妙に目に止まって、名残惜しく感じてしまう。
 自分の青春時代を賭して産んだ息子が、かつての自分より若い女に持っていかれるのを、どうしても不条理に感じてしまうのだった。

 そんな、どこか落ち着かない夕食を終えた後。
 櫻子は風呂に入っていた。
 改めて見るまでもなく、四十歳を控えた肌である。金銭的な余裕があり、それなりに良い化粧品を使ってきただけあって、同年代の中では相当若々しい肉体だと自負していた。
 しかし言うまでもなく、十代のそれとは全く比べ物にならない。どんな高価な化粧品を使っても加齢の影響は隠し切れないし、そもそもそういうものを使っている時点で、素のままの自分では勝てないと宣言しているようなものだ。
 鏡で顔を見てみると、一見三十歳前後に見えないこともないが、やはり目尻の皺やほうれい線の存在が厳しい。化粧品を使えればもう少しマシなのだが、風呂場ではそれもかなわない。
 今のところ櫻子は、本気で息子の身体を貪ろうとまでは思っていない。そんなことをして息子に何か悪い影響があったら大変だと、彼女の中の母親らしい部分はちゃんと弁えていた。
 ただ、年々衰えていく自分と、日々男らしくなっていく息子との対比が切ないだけだった。
 櫻子は、結婚するのも出産するのも早かった。良い夫を見つけるには、できるだけ若いうちに手を打たなければならないと考えていたからだ。「鬼も十八 番茶も出花」などという古いことわざもさほど的はずれでないと思っていた。
 そうして裕福な夫を捕まえられたおかげで今、あくせく働く必要もなく親子二人でのんび
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