その朝も俺は、隣に住む2つ下の幼馴染み、綾香によって起こされた。
女友達が朝、わざわざ屋根を伝って部屋まで来てくれるというラブコメめいたシチュエーションにあっても俺の心は晴れない。
「うしししし。今日もにぃにぃはお寝坊か! しかたないなぁホント!」
目の前で平坦な胸を誇らしげに反らせて立つ彼女を見れば、その理由は明らかだ。
といっても、別に彼女が物凄い不細工だというわけではない。むしろ、ぱっちりした眼や艶やかな黒髪、儚さすら感じさせる白い肌など、全体的に未発達ながらもなかなかの美少女といってよい。
そんな綾香の印象を一変させるのが、今彼女の着ている服だ。
濃い紫色の浴衣から袖を切り取り、裾を短く詰めたような衣装。腰に巻いた帯には印籠のようなよくわからない小道具がぶら下げてあり、両手には黒い手袋、両足には黒いストッキング。前腕の外側とすねには赤黒い防具のようなものを着けて、コスプレ感を増している。
まさしく、アニメやゲームに登場するクノイチそのもの。綾香の趣味は、ニンジャのコスプレなのだ。
「これぞ忍法、布団返し!」
「……お前なあ。もうそろそろ落ち着いたらどうなんだよ。なんだよ忍法って。ニンジャなんて、実在しないのに」
「……にぃにぃ。歴史は、カイザンされ、インペイされてきたんだよ。シンジツは忘れ去られたんだ。ニンジャ真実が……」
「わかったわかった。着替えるから、出て行ってくれよ」
「はい喜んでー」
ニンジャコスプレ少女を部屋から追い出し、やっと俺は一息つくことが出来た。
朝食を手早く摂り終え、家を出るといつも通り綾香が待っている。いつのまにかニンジャコスプレからセーラー服に着替えてはいるが、言動はまったく変わらない。彼女は俺の後輩でもあるため、毎日一緒に通学することになっている。
「にぃにぃー! 早く行こうよー! もたもたしてたら忍術でオシオキだよ!」
少し舌足らずで、「術」の発音が「ジツ」となってしまっているため、実際以上に幼いアトモスフィアの綾香ともに通学路を歩いていく。血のつながらない相手に兄呼ばわりされる恥ずかしさも、もう慣れっこだ。
「あ、にぃにぃの頭、後ろの毛がハネてるよ。寝ぐせ、直してないじゃない」
「……忘れてた。まあいいや。学校についてから何とかすりゃいいだろ」
「本当、だらしないなあ。そんなじゃダメだよ、もう!」
幼いとはいえ公私の使い分けはできているらしく、制服を着ている時の綾香は少しだけ真面目で、ニンジャプレイもしない。表の、取り繕った顔しか知らない綾香の同級生に、「ニンポを使うぞ! ニンポを使うぞ!」などといってふざけている姿を見せてやりたいものだ。
俺達二人が学校に着くまでの時間は、いつもこんな風に慌ただしく過ぎていくのだ。
その日の夕方。
やはりいつも通り、綾香と一緒に帰ろうかと思っていた時。放課後の教室で突然、同級生の女子から声を掛けられた。
「あ、あの……ちょっと、お時間、いいですか?」
「へ? いや、別に忙しくはないけど」
奥ゆかしい雰囲気の彼女は、クラスの中でも目立たないグループに属している。普段から交流も無い、声を聞くのも稀なその娘が緊張気味に言葉を継ぐ。
「そうですかっ。じゃあ、あの、ちょっと、一緒に来て、もらえませんか……?」
「ん、ま、いいけど」
教室に残っていた他のクラスメイトたちが意味ありげに目配せをしあう。彼女の用事が何なのか、俺にも薄々分かりかけてきていた。
連れて来られたのは体育館裏。人目につかないところまで俺を連れてきた彼女の要件は、やはり交際のお申し込みだった。
今まで余り話したこともない相手だったので、即答はためらわれる。
が、あえて拒むほどの欠点は彼女には見当たらない……どころか、顔立ちもなかなか愛嬌があるし胸は豊満だし、何より今、俯いて下唇を噛んで、真っ赤になって男の返事を待っている様子がいじらしすぎて、冷たく切り捨てることなど到底出来そうにない。
お互いよく知らない間柄で、いきなり恋人同士と言うのもなんだし、まずは友だちから……と言いかけた時。緊張に耐え切れなくなったか、女が不意に顔を上げた。
「す、すいません、突然こんなの、困りますよねっ!?」
「い、いやその……」
「い、いいんですっ! 返事は、その、今すぐじゃなくても……明日、聞かせて下さいっ!」
言うなり、そのまま走り去ってしまった。
即答してやれなかったという罪悪感が重い。ともかく明日だ、明日までじっくり、お互い落ち着こうと思って体育館裏から出ると、目の前に綾香がいた。
「うお、びっくりした。お前ずっとここにいたのか?」
呼びかけにも答えず、凄まじく不機嫌そうな顔の綾香は俺をキッとにらみ、そのまま踵を返す。呼び止める
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