ダンピール・ウィル・ネヴァー・ハート・ユー

 某国立大学に通う桐嶋と言う男はストーカーに悩まされていた。
 その内容は、例えば郵便物を弄られた形跡があるとか、夜道で尾行されるとか、満員電車で身体を触られるとか、比較的一般的なものだったが、一般的だからといって無視できるものではない。
 時折視界の端を走る怪しい影、その背格好からしてストーカーの正体は女性であるらしいのが唯一の救いだったが、そんな事、何の慰めにもならない。
 彼には女性につけまわされるような覚えなど、何一つ無かった。
 学校でもプライベートでも、あまり多くの友人を持たず特定の女性と付き合ってもいない彼は、そもそも女性と接触を持つ頻度が低い。顔見知りなら何とか説得して止めさせることもできるかもしれないが、相手が誰か分からないのでは対処のしようが無い。
 ここ最近の変わった事といえば、ある日の学校帰り、道を歩いている時に、つまずいて転んで車道に投げ出されて轢かれそうになっていた老人を救ったことくらいだった。
 咄嗟の出来事だったので本人はあまりはっきりと覚えていないのだが、桐嶋はその、前を歩いていた老人が車に頭を潰される直前、車道に飛び出てお年寄りを庇ったのだ。
 幸い、車は余りスピードを出していなかったし、彼自身の若さと健康な肉体のおかげもあって軽症で済んだ。
 手足の弱っていたその老人には大変感謝され、事態の収集に当たった若くて美人な婦人警官にも誉められ、彼は悪くない気分だった。腕を大きく擦り剥いて血を流すくらい、何程の事は無かった。
 助けた相手が女性なら、その事故がきっかけで歪んだ愛情を向けられるという可能性もあったかもしれない。実際、ストーキング行為が始まったのは事故以後のことである。
 しかし彼が救ったのはお爺さんであり、まかり間違っても男子大学生をストーキングすることなど無いだろう。

 不審なつけ回しがしばらく続いて、さすがに気が滅入ってきた桐嶋は警察に相談することにした。
 かつては「民事不介入」と「何か具体的な被害が出てから出ないと動けない」という魔法の言葉でもって民間人の救援要請を黙殺し続けてきた日本警察だったが、ここ数年、目に見えて警官の勤務態度が良くなってきていた。たらい回しにされたり門前払いを食らわされたり、真剣な訴えを鼻で笑われたりといったケースは、極めて少なくなってきていたのだ。
 「IPアドレスという確証がある」「お前がやっていないならやっていないという証拠を出せ」などという、阿呆丸出しな台詞を捜査官が吐いていた頃とは、民衆の警察機構への信頼度は段違いに上がっていた。
 それに加えて、事故の時に会った婦人警官がとても自分に良くしてくれたことも、彼が警察を訪れる心の後押しとなった。緋崎と名乗ったあの女性警察官は彼の自己犠牲的行動を褒めちぎり、病院への医療費の支払いや、保険屋および車の運転手との交渉やなんかで色々と知恵を貸してくれたのだ。もう一度あの人に会える、なんて期待したわけではないが、彼の中で警察組織への好感度は非常に上がっていた。
 そんなわけで桐嶋はある日、午前の講義を終えてから、ストーカー被害相談窓口なるものを開設している警察署を訪れた。
 案内の人間に事情を軽く話し、しばし待つ。辺りには忙しげに歩きまわる警察官が多く見受けられるが、彼が幼かった頃と比べると婦人警官の割合が多いようにも思える。
 女性が増えて警官が親切になったのか、それとも警官が親切になって、自分も警官になりたいと思う女性が増えたのか、果たしてどっちなのだろうなどと考えていると聞き覚えのある声が聞こえた。

「おや、桐嶋さん。まさかとは思いましたが、やっぱりあなたでしたか」
「緋崎さん! お久しぶりです」

 現れたのは事故の時の、あの婦警だった。
 警察官らしく引き締まった、無駄な脂肪の少ない身体。女性にしてはかなり高い身長。薄い青のワイシャツをしっかり持ち上げる大きな胸。艶めかしい光沢を持つ黒いタイツに覆われた、スラリとした長い脚。ぴっちりした紺色タイトスカートが股下部分に作る凹み。後ろで一つにまとめられた、長い黒髪。
 警官でさえなければメールアドレスの一つでも貰うのだが、と桐嶋は密かに思った。

「この前事故に会われたばかりなのに、災難でしたね。詳しいお話をお聞きしますから、ちょっとこちらへ来て下さい」

 交通事故の処理に当たったのと同じ人間がストーカー被害の相談にも応じる、それも男の相談者に女の警官が付くという状況に少し不審を感じたが、顔見知りと話せる安堵感がそれを上回った。
 言われるがままに連れてこられたのは建物の端、小さな応接室と思しき場所だった。真ん中に机が置かれ、それを挟むようにソファーが一対ある。扉とは反対側に腰を下ろし、緋崎は口を開いた。

「ここならあまり人は来ませんから。落
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