百合蜘蛛幻戯

 特にスポーツに力を入れているわけでもなく、熱心な指導者も、飛び抜けて優秀な選手も在籍していない公立高校運動部の熱心さなど、たかが知れている。
 とは言ってもやはり体力の有り余る世代、やる気のある奇特な学生というのはぽつぽつ居るもの。
 放課後、部員があらかた帰ったあとも一人残って走り高跳びの自主練に励む陸上部部長、比良 尋嗣も、そんなスポーツマンの一人だった。
 通常の活動を終え、更にバーを跳び続ける。運動部所属と言ってもやはり弱小、全国を舞台に戦えるような身体レベルには到底及ばない。位置に着き、横棒を目指して助走する両脚には疲労が見え、踏み切りのタイミングが明らかにずれた。
 当然それは跳躍の高さに響く。背中を反らせてなんとかバーを越そうとするも、靴の踵が触れ、あえなく棒は落下し軽い音を立てる。マットに身を投げ、軽く溜息を吐くと、そこへ歩み寄る者があった。
 そっとバーを手に取り、元へ戻す女子生徒に、尋嗣は苦笑いと共に言った。

「ありがとう、曽根崎さん。もうそろそろ、終わるつもりだから」
「……分かりました」

 答えたのは曽根崎 結衣。今年で高校一年生の筈だが、中学の一年と言っても十分通りそうな小柄で線の細い身体と、それとは対照的に大きく膨らみその存在を主張する胸が印象的な、陸上部女子マネージャーの一人である。
 顔を俯け、小さな声で如何にも恥ずかしげに答えた結衣は、しかし自主練の終わりと聞いて微かに残念そうな顔をした。

「ごめんね、いつも遅くまで付きあわせちゃって」
「……いえ、これも、マネの仕事ですから……」
「いやいや、それでも、だよ。曽根崎さんが準備とか手伝ってくれるおかげで、僕もギリギリまで練習してられるんだ」

 汗を全身から流しながらも、曇りの無い笑顔でそんなことをいう尋嗣。裏表のない、純粋な感謝の言葉を聞いて、結衣はますます恥ずかしげに顔を紅潮させた。

「さて、じゃあちゃっちゃと片付けようか。あんまり遅くなっちゃいけない」

 年下の女性ををさり気無く気遣う言葉に、乙女の顔は更に赤く染まり、心拍数が急上昇する。緊張と興奮の余り物も言えず、無言で道具類を運ぶ結衣と、それに気づきもしないちょっと鈍感な尋嗣。
 初々しく、どこか危なっかしい二人の交流だった。








 魔物と魔界は、本来切っても切れない関係にある。
 魔界の瘴気は魔性の者たちを育み、また魔物たちが男を貪り栄えるほどに魔界はその面積を広げる。魔界には魔物が集まり、また魔物が集まるところが魔界となる。それがかつて居た世界の理だった。
 ならば、魔界も、魔法も存在しない世界で生まれた魔物娘は、一体如何なる生態を示すのか。
 魔界が無いなら無いなりに、世界に適応して生きるのか。
 それとも、集団の力でもって世界に干渉し、より住みよい場所を作ろうとするのか。
 テーブルの向こうに座る、恋の悩みを抱えた処女、曽根崎 結衣の、その初々しい様をひどく嬉しげに眺めながら、異世界よりこの世界を侵略にやってきた、魔界の王女の一、リリムのルリコはなんとなく世界の行く末を案じていた。

「なるほどね。憧れの部長さんとお付き合いしたいと」
「はい……でも、私、どうすればいいかわからなくて……」

 十五歳の少女の、淡く純な恋心の存在を察知したルリコは、すぐに狩りの準備を始めた。
 ターゲットに近づき、甘言を用いて魔力空間に誘いこむ。堕落の宴、その準備は完全に整っていた。

「あなた、結構可愛いし、スタイルもなかなかなんだから……普通に告白してみたら? 案外、あっさり行けるかもよ」
「そんな……私なんか、ダメです。尋嗣先輩は、あの人が気づいてないだけで、結構もてるんです。私なんかじゃ……」

 可愛らしい童顔と、それとは裏腹に破壊力抜群な乳房という二物を与えられていながら、結衣の自己評価は低い。アンバランスな身体というものは、はたから見る分には良くても、本人はその不整合さをコンプレックスに思ったりするものなのだろうか。
 問い掛けながら、ルリコは結衣の本心を引き出そうとする。
 敢えて口を割らせなくとも、読心術程度軽くこなせるルリコだが、今回はどちらかというと「自覚を促し」「本心を意識させる」のが狙いだ。
 
「まずは、はっきりさせましょうか。結衣さん、あなたは尋嗣さんとお付き合いしたいといったけれど……それはどっちの意味かしら。あなたは、尋嗣さんのものになりたいの?それとも、尋嗣さんを自分のものにしたいの?」 
「……?」

 予想外の質問に、結衣は少し鼻白む。恋愛というのはお互いを尊重し合う関係であって、どちらかがどちらかを所有するとかいうのは違うのではないか、と思いかけた瞬間。

「まあ、一般的にはそうなんだけれどね。私が聞きたいのは、もっと根本的な部分
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