We are but falling leaves

 いつもの時間に自然と目を覚ました本多 悠には、誰かに起こされるという経験がここ数年無かった。
 誰にも起こされない人間は必然的に誰かを起こすことになる。手早く身支度し、部屋を出た悠は廊下の向こう、彼の部屋と同じくらいの大きさのもう一つの部屋を訪れた。
 扉を手荒くノックしてみても返事が無いことは分かりきっている。遠慮無しに扉を開けて散らかり放題の部屋へ踏み入ると、足元の布団がもぞもぞ蠢いた。

「ん〜っ……ふぇ、ゆーちゃん……?」
「おはよう、姉さん」

 両眼を半分閉じたまま顔を出したのは悠の実の姉、本多 塔子。
 頭以外の全てを布団にくるまれたまま、隠しようの無いアルコール臭を口から放ちながら、悠の方をじっと見上げる。

「あれぇ、もう……朝ぁ……?」
「そうだよ。早く朝ごはんを食べよう。俺が学校に遅刻しちまう」
「そっかぁ……じゃあ今日も、お願い……」

 ちょっと申し訳なさげに塔子が両腕を伸ばす。悠はそれを掴み、救急隊員が傷病人を運ぶ時のように担ぎ上げ、そのまま部屋着姿の姉を食卓へ連れて行くことになった。
 毎朝のこととはいえ、女性にしては高身長で発育の良い実の姉を運ぶというのは、寝起き直後の高校生にとってそれなりの重労働である。しかし上手い具合にやれば、塔子の年齢不相応な、しかしその身長には相応な巨乳がむぎゅっと押しつけられることになる。
 それだけで、彼としては十分モトを取ったような気分になれた。
 血の繋がった相手に対してこんな、乳を触って喜ぶという性欲絡みの感情を抱いてしまうことに後ろめたさはあるが、嬉しいものは仕方ない。
 床に転がる空き缶や空きペットボトルを踏まないように、虚ろな目つきでうなり続ける姉を担いで、悠は階下の居間を目指した。

 やや二日酔い気味なのか、相変わらずうんうん言っている姉を椅子に座らせ、消費期限が間近に迫った食パンをトースターに放り込む。粉末タイプのインスタントコーヒーを淹れると、その匂いで姉が少し活気付いた。

「いつもありがとね、悠ちゃん」
「随分今更だけど。でも、そう言ってもらえるのは、正直嬉しいな」
「はふふ……ほんと、悠ちゃんはいい子だよ。悠ちゃんがいなきゃ、お姉ちゃん一日も生きてられないよ」

 朝食を摂りはじめながら、その言葉に悠は内心同意した。
 酒瓶や空き缶がそこら中に転がり、昼となく夜となく強いアルコール臭を充満させた部屋に住む塔子は、家事一切が全く出来ない。
 料理や買い物や洗濯は勿論、自分の部屋の掃除もままならないため、彼女よりかなり年下ではあるが人並みの生活力を持って生まれた悠が毎日、面倒を見ているのだ。
 普通ならそれら家のことをこなしてくれるはずの両親はいない。父親は早くに死んでしまったし、母親は仕事が忙しいとかで滅多に帰宅しないのだ。
 親がそんなだから姉の生活がダメになったのか、それとも姉のひどい生き様を嫌って親が帰宅しないのか、真相は分からない。しかし、姉との二人暮らしは彼にとって、そう倦厭すべきものでもなかった。

「……それで、今回の原稿は締め切りに間に合いそうなの?」
「んー、多分、きっと、大丈夫、じゃないかな……? うん、恐らく。
家計のためにお姉ちゃん頑張るから、終わったらまた褒めてね」
「いいよ。でっかい塔子ねえの頭をなでなでしてあげよう」
「でっかいって……もう、気にしてるのに」

 悠が塔子の頭を撫でるには、塔子が座るか悠が背伸びするかしなければならない。いずれにしても男子高校生としては自分の小ささを思い知らされるようであまり面白くないのだが、してあげれば姉が非常にご機嫌になるため、不満を抑えてたまにやってあげていた。

「はは、ごめんごめん。……でも、感謝はちゃんとしてるんだよ。俺らが割りと余裕持って暮らせてるのは、姉さんの稼ぎのおかげだからな」
「え、えへへ……そんな、照れるよ悠ちゃん、もう!」

 日光にあたるだけでも疲弊する虚弱な塔子は、小説を書いて小金を稼いでいる。
 小説といっても万人向けの、いわゆる一般小説ではない。触手、陵辱、和姦、ハーレム、更には同性愛と、極めて多くのジャンルをこなす官能小説家なのだ。
 雑務の大半を弟に任せて部屋に引き篭っているせいか筆が早く、一度に複数の書下ろしをこなしたりもするため、出版社からは重宝されているらしい。それでいて中身もなかなか熱が入っていて、特に背徳感の描写や男女のどろどろした情念なんかをエロに絡めて書く技術が優れていると、読者からの評判も上々。
 実際、悠も一冊、比較的ライト向けな本を読んだことがあったが、身内の贔屓目を覗いても大変実用的かつ印象に残るものだった。
大体、この手のものの評価は身内補正がむしろマイナスに働くものだが、悠はそれが姉の著作であるということも忘れて、読
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