使えるべき主君を失い、唯一の財産といえる刀に頼って用心棒まがいの仕事で糊口を凌ぐ貧乏浪人の陋屋を好んで訪ねる者などそうはいない。
それが、擦れ違う男を一人残らず振り向かせるような、まさしく「傾城」という呼び名の似合う美女なら尚のことだ。
朝早く起きだし顔を洗い飯を食い、さて今日の食い扶持をどう稼ごうかと思案していたところに突然の来客。木戸の向こうに立つのは、絵巻物の中から抜け出てきたとしか思えぬ絶世の美女。
いきなりのことで混乱させられた俺は、とりあえず女を家に上げることにした。豪奢な服をまとった切れ長の目が印象的な女性を俺の汚い小屋に引き入れることを恥ずかしく思うも、しかしだからといって入り口に立たせっぱなしというわけにはいかない。
突然の訪問を詫び、招き入れたことを感謝する言葉を述べた女は、すぐ本題に入った。
「明日の夕方、この家の裏にある池で私はある女と決闘を行ないます。
私は半兵衛様に、その手助けをお願いしたいのです」
正座した美女は、三つ指をつき深々と頭を下げて、そう懇願した。
「ま、待て。話が見えん。決闘とは、一体どういう事だ。お主、何者だ?」
着ている服は、服飾や装飾に疎い俺にも見て取れるほど上質のものらしい。が、それ以外に身分や地位を示すものを、この女は何一つ帯びていない。
決闘がどうとか言ったが、もしや此奴、退魔師か何かか。それにしても、特に剣術柔術に優れたわけでもない貧乏浪人のこの俺を頼る理由が無い。
何より、今のように上半身を倒した姿勢を取られると、片手に余る、いや両手を使っても抱え切れないのではと思わせる程巨大な乳房の深い深い谷間の奥が着物の胸元から垣間見えてしまいそうで、ひどく落ち着かない。
「とにかく顔を上げて、事情を話してくれないか」
「そういえば、まだ名乗ってもいませんでしたね。とんだ失礼を致しました。
私の名前は女郎花。この地に古くより住まう蜘蛛の化生、ジョロウグモでございます」
言うなり、女の下半身が音も立てずに人間のものではなくなっていく。
肝を潰して見ていると、気づいたときには上半身が女、下半身が蜘蛛という美醜両極端をその身に併せ持つ者がいた。
確かにここジパングは古くから妖怪変化たちを畏れ、敬い、時に助け合ってきた国だが、まさか自分の前にそのような異形なる者が現れるとは。
余りのことに声も出せずにいた俺だが、そんな反応をむしろ女は喜んでいるようだった。
「……やはり半兵衛様は私の見込んだ通りの御方。この姿を見ても泰然自若としていらっしゃる」
いや、十分驚いてはいるのだが。叫んだり喚いたりしなかっただけでも上出来、ということだろうか。
そうこうしている内に段々落ち着いてきたので、俺は取り敢えず話を進めることにした。明らかな人外を前にして、理性の復帰が速いことに自分でも驚く。曲がりなりにも武士、ということか。
「驚かなかったわけではないが・・・…まあ、いい。それで、決闘の手助けということだったが」
「はい。あの女は近々この辺りにやって来て、我らの淵を奪おうとしているのです」
「しかし、俺は単なる浪人。魔物と共に戦うための技など覚えもしないし、剣術の腕も人に自慢できるほどのものでは」
恥を忍んでそう言うと、女郎花はにこりと微笑んだ。下半身は蜘蛛と化したが、上半身、人間の腰のあたりまでは依然として美女そのものである。
改めて見ると、紫色の着物の品の良さや顔立ちの美しさが目に眩しい。都の太夫、花魁にも劣らないであろう美貌である。下半身との対比で、人間に化けていた時よりもより魅力的にすら映る。
そしてやはり何より乳房が大きい。西瓜ほどもある肉の果実が、着物の向こうで深い深い谷間を作っている。つい、蜘蛛は卵生だったはずだが、などと益体も無いことを考えてしまう。
「いいえ半兵衛様。貴方に直接手を下してもらおうとは思っておりません。此度の戦いは私たち妖怪のもの。人間である貴方を必要以上に巻き込むわけには参りません」
「ならば、手助けとは一体」
「ただ、明日私と共に池まで来ていただければ、それで十分でございます」
「それがそなたの助けになると?」
「はい。私のような、人の精を喰らって生きる妖は、ただ側に殿方が居られるだけでも随分力を得られるものなのです」
切れ長の目に、微かに嗜虐的な色が過ぎったように見えた。俺の気のせいかもしれないが、「人の精を喰らう」といったのは確かだ。
精とは一体何なのだ。如何にしてそれで身体を養うと?
いや、やめておこう。どうもこの予想もしない出来事の連続で、思考がまとまらない。知識も無いのに必要以上の深読みはすべきでない。
「つまり女郎花殿は、明日、俺に裏の池まで来て欲しいと、そういうことか。それ以外に何もす
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