穏やかだったり、ものぐさだったり、嗜虐的だったりと、一口に魔物娘といってもその気性には多くのバリエーションが存在する。
だが、その中でも海を主な生息地とする者たちは、一部の例外を除けば総じて気立てが良く、優しく、人間たちに細やかな愛情を注いでくれる。彼女らは、日々の生活に疲れた人々を癒す、まるで慈母のような娘たちである。
結果、領地が海に接している国はそれら、女性の鑑のような者たちとの交流が増え、住人達が魔物たちに悪感情を抱くことは全く無い親魔物国家となるというケースが非常に多い。
そんな、魔物を積極的に受け入れている国の一つ。とある波止場で、サハギンとメロウが向かい合っていた。
堤防に腰かけたサハギンは、海から上半身だけ外に出したメロウを物憂げに見つめている。が、見られているメロウの方はというと、瞳の中の好奇心と興奮を隠し切れていない。
それもそのはず。メアリという名のそのメロウは、今日、ツィツィという名の旧知のサハギンから恋の相談を持ちかけられていたのだ。
「さあ、ツィツィ。そんな悲しそうな顔していないで、ひとつお姉さんに悩みを話してみなさい。」
「……うん」
聞き役のメロウはその種族性ゆえの野次馬根性が全開だったが、当のツィツィはそれを厭うわけでもなく、淡々と彼女の置かれた状況を語りだした。
彼女の訴えをまとめると、こうである。
昨年、ツィツィはジードという名の男と結婚した。
お互いに想い合い、何度も逢瀬を重ねて結ばれた彼女らは、とても幸せな新婚生活を送ってきていた。
が、ここ一月ほど、ジードの帰宅が目に見えて遅くなってきたというのだ。
それだけならまだしも、夜中遅くに帰ってきて、「疲れている」という理由で、寝ないでずっと旦那さまを待っていたツィツィを抱いてあげることもなく、一人でさっさと寝入ってしまうのだとか。
これと決めた夫の愛なしには生きていけないのが魔物娘である。伴侶たるジードにもそのことは十分理解できている筈なのに、この冷たい仕打ちは一体どういうことなのか。
まさか、自分の他に女でもできたのでは。魚人ゆえ無口で無表情な自分に愛想が尽きて、どこかで別の女と楽しくやっているのではないか。
ツィツィはもう今夜にでもジードに離婚を切り出されるのではないかと、怯えきっているのだった。
「ふーむ。浮気、ねえ」
話を聞き終えたメアリは、腕組みをして思案した。
未だ独身ではあるが、いや独身であるからこそ、彼女の脳内には数々の魔物夫婦から聞き取った膨大な量の(いろいろな意味での)恋や愛の物語が収められているのだが、その中に
「夫が魔物に飽きて捨てた」
だとか、
「魔物を娶った男が一年立たずに心変わりした」
なんて、悲しくも惨い破局のストーリーは一つとして含まれていないのだ。
メアリとしては、魔物が人間の男を魂の底から求め欲するのと同じように、男の方も自分の人生を共にする相手として、無意識的かつ本能的に魔物娘を必要としているのではないかと思っていた。
魔物娘がこの世を一人で生きることを辛く、寂しく感じるのと同じように、人間の男もまた生きていくために、絶対に自分を裏切らない、一生を賭けて愛し愛されるための存在を必要としているのではないかと、そう考えていたのだ。
しかしツィツィの話は、これがもし人間同士の夫婦ならば「奥さんそれは浮気だよ」と即断したくなるほど典型的なものである。
黒く艶やかな髪や、くりくりして可愛い瞳や、水に濡れて怪しく光る紺の皮膜など、男にとってみればツィツィはまさしく極上、これ以上無いほど魅力的な女だと思うのだが、それを放って毎晩遅いご帰宅とは、一体どういうわけなのだろう。
むむむーと唸っているメアリを、若妻サハギンは悲しげに見下ろす。ぽつり、と、抑揚の無い声で彼女は呟いた。
「ジードに振られたら、私、どうして生きていったらいいのかな」
感情の発露に乏しい魚人種にして、まるでそれは魂から悲哀を絞り出すような切実な訴えだった。
孤独を厭い、愛する人とともに居たいという全魔物娘共通の願い。それを放っておくことは、海のラヴストーリーコレクターことメロウのソウルが許さない。彼女の集めた大切なコイバナライブラリーに、こんな悲しいお話を加えるわけにはいかない。
憤然として、メアリは顔を上げた。その瞳に、先ほどまでの傍観者的なスタンスは映っていない。それは苦しむ友を助ける、崇高な決意に満ち溢れていた。
「諦めちゃダメ! 心が離れたっていうのなら、取り戻すまでよ!」
「……取り戻す?」
「そうよ! ツィツィ、私たち魔物娘の武器は何? この、カラダでしょうが!」
「……でも、いくら誘っても、ジードは乗ってきてくれないし……」
「だからって、彼を忘れられるの? これ
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