母を恋うる記

 ある夜。家で一人母親の帰りを待ちながら、俺は考えていた。
 血の繋がらない息子を成人間近まで育ててくれたイオ母さんの恩に、どうすれば報いることが出来るだろうかと。

 俺の母さんはサキュバス、淫魔である。しかしこの世界での常識として、魔物娘から人間は生まれない ー つまり、俺は母さんの義理の息子ということになる。
 どういうことかというと、話は簡単。俺の実母は出産直後に亡くなったため、父は男手一つで赤子を三年ほど育て、その後イオ母さんと再婚したのだ。
 その赤子が成長した姿である当の俺に、実母の記憶は全く残っていない。物心ついた頃には既に母さんが俺の家にいて、食事から教育まであらゆることを愛情いっぱいに、血の繋がらない息子へと施してくれた。その為、たとえ血の繋がりは無くとも彼女は俺にとって唯一無二の母親であると言える。
 イオ母さんは旦那の連れ子である俺を手ひどく扱うこともなく、とても可愛がってくれた。魔物と人間の間には人間同士よりも子供ができにくいということもあって、俺は一人、父と継母の寵愛を独占することができたのだ。
 そのまま家族三人仲良く暮らしていければよかったのだが、俺が十代半ばに差し掛かった頃事件が起こる。
 父親が、教会軍と魔王軍の戦闘に巻き込まれて死んでしまったのだ。
 サキュバスと何度となく交わり、恐らくインキュバスとなっていたであろう親父だが、それでも不死身という訳にはいかない。
 故郷を焼かれ、一家の大黒柱を失い、俺と母さんは半ば呆然としていた。その時、自暴自棄になったりせず、魔王軍の庇護のもと平和な土地まで逃れていくことが出来たのは、確かにお互いの存在あってのことだったろう。
 だが、定住の地を見つけてからもずっと、母として俺を守り、養い導いてくれたことには、俺は全面的にイオ母さんに借りがある。
 淫魔として、男なしに生きていくのはとても辛いだろうに、母さんは再婚もせずに俺を育て上げてくれた。そのことについて俺はただひたすら感謝するしかない。
 だから。
 だから、何年経ってもちっとも汚れず、むしろ年を増すごとに艶とハリを増す母さんの肌や、子供に授乳したことも無い筈なのに、揉めばすぐにもミルクが吹き出そうなほど巨大に育ったおっぱいや、長年の家事と水仕事にも耐えて、未だ白く細く長く、完璧な美しさを保っている五指などを、よりによって息子が欲望に汚れた目で見ることなど、あってはならないのだ。
 と、そんな軽い自己嫌悪に陥っていると、玄関の方から物音がした。
 手荒く扉を開ける音と、壁か床に重いものがぶつかるような音がする。最近帰りが遅くなるといつもこうだ。
 俺はコップに水を汲むと、母さんを迎えに行った。

「うう〜っ。く、苦しい……」

 部屋を出て玄関口へ向かうと、果たしてそこには俯せになって倒れた母さんがいた。真っ赤な顔をして、なにか分けのわからぬことを呟き続けるその姿は、まさしく酔っ払い。

「あううう……もー、私の何が分かるってのよ……! 欲しいからもらう、とか、そんなんじゃにゃーのよ……!」
「母さん。ほら起きて。水だよ」
「っへ……? 水?」
「はいどうぞ。立てる?」
「う……カスト? うわ……ごめん、ね……私……」

 顔を上げた母さんは俺の名を呼び、ひどく申し訳なさ気な表情をした。
 確かに、ベロンベロンに酔って帰られるのは困る。昔は、親父が死んだ直後はそんなこともなかったのに、俺が年を重ね大人になっていくごとに、こういう騒がしいご帰宅が増えてきた。
 しかし、だからといって俺が母さんを怒ったり、ましてや愛想を尽かす事などありえない。彼女こそ、俺にとって一番大事な恩人なのだから。
 それに、熱気を逃がすために自分でやったのだろうか、白いブラウスの胸元が大きく開かれており、綺麗な肌や黒いブラジャーが垣間見え、とても色っぽいのだ。
 と、まただ。義理とはいえ、母親、それも大恩あるイオさんに劣情を抱くなんて、いくら魔物とその社会が性的に自由だからといって到底許されることではない。
 心の底でざわりと蠢いた何か不浄なものを無理に抑えこみ、俺は母さんに呼びかけた。

「いいからいいから。立てない? なら、肩を貸すから」
「ごめん、ね……ほんと、私って……」

 水を飲み干し、なおもふらふらで息も絶え絶えな母さんを担ぎ、居間へと引っ張っていった。
 すぐにでも寝かせてあげたいところだが、外出着のまま放っておくわけにも行かない。ひとまずソファーに酔っ払いを横たえ、楽にしてもらう。
 コップを台所に置いて戻ってくると、胸元をはだけさせたまま母さんは眠ってしまっていた。
 親父が死んで以来、母さんはサキュバスにしてはおとなしめな、露出度の少ない格好をしていることが多い。
 新しく夫を娶るつもりはないと周囲に
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