異端者の悦び

 ある日のレスカティエ城。小腹の減った俺は一人、食料庫へ向かっていた。
 デルエラ様の手によって街がまるごと魔界と化して以来、馴染みの女たちを集めたハーレムで合計9人の美女と愛し合う毎日だが、いくら俺がインキュバスだからといっても、食事も睡眠も取らずに一日中ずっと交わり続けているというわけではない。いや、たまにそういう日があることは否定しないが、そうでない日もあるのだ。例えば、今日のように。
 特に最近では、むしろ、適度に休憩を入れて余分な体力消耗を避け、いざセックスするときには渾身の力を込め合う。そんなやり方が、俺達の間で主流となっていたのだ。
 そんな訳で、側に誰も連れずのんびりと廊下を歩いていた俺の耳に、不意に聞き慣れた声が飛び込んできた。
 向かって左手にある扉の向こう、元王族の私室にして現共用ベッドルーム第34号室で、俺の女が二人して何やら言い争っているらしい。
 なにも盗み聞きする趣味など持ち合わせていない。好奇心に駆られた俺は堂々と扉を開け、部屋に入っていった。

「よー。何してんだい」
「あ、旦那様ぁ」

 そう言ってこちらに駆け寄ってきたのは今宵。元天才退魔師にして、漆黒の毛を持つ稲荷である。
 彼女の向こうには、黒い剛毛に手脚を覆われたハーフエルフにしてハーフウルフ、プリメーラが立っていた。先ほど聞こえてきたやり取りはこの二人のものだったか、と得心行った俺に、今宵が語りかけてくる。

「何とか言ってやってぇよ旦那様。プリメーラさん、ひどいんよ」
「一体どうした。喧嘩か?」

 種族レベルで独占欲が過剰にならないよう抑制されているのだろうか、魔物娘たちは一部の例外を除いて、一夫多妻制や一対複数の乱交も受け入れており、複数の妻を持ったくらいで不貞を詰られることは無い。
 当然、黒き稲荷と化した今宵も他の女を排除して俺を独り占めしたいとか、邪魔な奴らを実力行使で追放したいとかは考えていないだろう。が、ウィルマリナにミミル、メルセにプリメーラにフランツィスカ、エロい三連星ことサーシャと二人の少女たちなど、俺の嫁たちは今宵を除いて皆、人間だった頃からの長い付き合いの者たちだ。
 俺との、人間だった頃の記憶を共有している彼女らの中で、初めから魔物として我がハーレムに加入した彼女は、喩えるならば「大家族の中で、自分だけが血の繋がらない養子」であるかのような、軽い疎外感を感じていたのかもしれない。
 今宵の見せる献身はウィルマリナ等古参の娘たちと比べても遜色無い、どころか時に彼女らを圧倒することすらあったが、それも彼女の寂しさから生まれたのだろうか。
 このまま放っておいたら、良くない方へ精神を病んで、良くない凶行に及んでしまうかもしれない。
 正直、今宵のような美人が俺を想う余りに暴走し、他の美女たちと血みどろの戦いを繰り広げる、という光景を見てみたいという気持ちは多少ある。
 が、今宵に限らず、俺の嫁たちは皆魔物化することで一切の苦痛や苦悶から逃れてきた者たちだ。せっかく希望ある生を手に入れたその娘たちが、また嫉妬と憎悪の坩堝に突き落とされることなど、あってはならない。
 そんな風に考えながら聞いた彼女の話をまとめると、こうである。

 先日、性懲りも無くレスカティエにやってきた主神教聖騎士団の一軍を使って、今宵は新たなる魔力塊の実験をしようとしていたらしい。
 多量の魔力を振りまくことでレスカティエ住民に恵みをもたらすその魔力塊は、デルエラ様から授かった力を行使することで、いつも今宵が作成している。元退魔師であるがゆえ、魔力の扱い方にかけては右に出る者は無い彼女は、頂いた技術をベースに更なる改良を考えていたらしい。
 通常よりも効果の長持ちする新作、その試作版を完成させた今宵は、丁度良い具合に近くに来ていた聖騎士たちを実験台にしようとしていたのだと。
 ところがそれに先んじて、何処からともなく現れたプリメーラが矢を放ち、やって来た女騎士たちの大半をワーウルフにしてしまったのだ。勿論聖騎士団には男性の方が多くいたのだが、脆弱で無思慮な人間どものこと、身内が突然魔物化しては、その秩序も戦意も瞬時に瓦解する。
 散り散りになった男たちを、新生ワーウルフやその他の魔物があっさり捉えて持ち帰り、絶好のモルモットに出来る筈だった「聖騎士団」は消滅してしまったというのだ。

「今度人間さんが来はったら私に使わしてって、前から言ってたのに。何とか言ってやってぇやぁ」

 主神勢力主力の一角たる聖騎士団が、まるで資源扱い。もうすっかり、レスカティエにおいて人間の武力は脅威として認知されなくなってしまっていた。
 実際、レスカティエで「戦闘」と呼べる行為はデルエラ様が領主となって以来全くと言って良い程起こっていないのだから仕方ない。
 
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