冬に差し掛かると、ある日突然気温が急降下することがある。
それまでは「まだまだ温かいなあ。秋バンザイ」なんて思っていたのに、ある朝起きると部屋の中でも吐息が白くなるほどに寒い。そんな日は、厚い衣服や暖房器具も用意できていないし身体もまだまだ冷たい空気に慣れていないものだから、もっと気温が低いはずの真冬の日よりもなお一層寒く感じたりするものだ。
震えながら起きだし寝間着から着替え、自分の体を抱きかかえながら朝食を取り、それでも温まらない部屋の中で俺たち二人は冷たい部屋の空気に耐えていた。
「うぅ、寒いニャア。いくらニャんでも、この寒さは酷いニャ。こんなのあんまりだニャ」
部屋の隅で布団をかぶって暖を取っている女の名はミーコ。その語尾や、頭頂にピンと立った一対の耳が示す通り、ワーキャットである。
頑健な肉体と靭やかな筋肉を持ち、人間よりも遥かに優れた身体能力を誇る獣人種であっても、気温の急な変化には耐性が無いらしい。布団の影から顔を覗かせ、恨めしげにこちらを見やり、俺の名を呼ぶ。
「ニャあ、キリヒト。何とかして欲しいニャ。暖かくして欲しいニャ」
「そうは言ってもお嬢さん、薪が無いよ。暖炉も、一度掃除しないと使えないし」
「ぐぬぬ」
あまりにも急に冷え込むと、寒さへの対抗手段も限られてしまう。一年ぶりの寒気に苛まれる二人の体はかくして凍え続けるのだ。
何事においても、不意打ちというのは脅威となりうる。普通に遭遇したオニよりも、バックアタックのモムノフの方が怖ろしい。正面からぶつかった角鹿よりも、背後から襲ってきた毒吹きアゲハの方が怖ろしい。要はそういうことなのだろう。
「大体、居間の暖炉使えるようにしたって、この寝室は暖かくならないじゃニャいか! 毎朝震えて目覚めるのは嫌だニャ!」
「確かにな。何か、ちょっとした暖房器具があればいいんだが」
なんて、無い物ねだりをしてみたって仕方ない。幸い今日は休日、少しでも気温が上がるのを待って活動を開始しようとベッドに座り込むと、急に両目を光らせたミーコが布団をかぶったままこちらへにじり寄ってきた。
「暖房器具。……それだニャ! キリヒトよ、ミーコのダンボーになるニャ!」
床に座っていた俺に飛びついて、ミーコが身体を密着させてくる。もふもふとした毛皮に覆われた四肢は冷えており、思わずさすってやりたくなる程だ。
「ミーコ知ってるニャ。寒い時には、こうして抱き合って暖めあうんだってこと」
「しょうがないなあ。雪山流ってわけかい」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、ミーコは俺の胸板に顔を擦りつけて、それこそ子猫か何かのように甘えてくる。ツンと尖った可愛い猫耳が機嫌良さげにピコピコ揺れて、寒さなんて忘れてしまうくらい可愛らしい。
ふぅー、ふぅーと鼻息荒くスキンシップの快感を貪るワーキャットの姿は愛しすぎて、これはもう遊んでやらずには居られない。俺の首元の匂いを嗅ぎ始めたミーコの前髪をちょっと持ち上げて白いおでこを晒してやると、猫はちょっと首をかしげた。
「猫の額」
「……?」
「いやあ、狭い場所のことを、猫の額くらいの場所って言うだろ。実際、どんなもんかと思ってなあ」
「そりゃあ、広くはないニャ。ワタシはおでこキャラじゃニャイからニャー」
平然とした表情を装いつつも、普段見られない場所を見られるのはちょっと恥ずかしいらしいのが見て取れる。何度も互いの裸を見せ合い、ほとんど毎日膣内射精している仲だというのに、女性の恥らう基準はよく分からない。可愛いからオールオッケーだが。
うえー、したー、などと言って前髪をいじり、確かに広いとは言えないおでこを指先でツンツンつついて遊んでいると、弄ばれた彼女が不意に顔を背けた。口を真一文字に引き結び、頬を薄紅色に染めたその表情は差し詰めぷんむくれといったところ。
「もう! いい加減にするニャ! ダンボーの分際で、余計なことするニャ!」
怒ったようなことを言いつつも、伏せられた眼やピンと立った尻尾が彼女のどうしようもない甘え癖を如実に表してしまっている。
強気で愛想の悪いメドゥーサという魔物娘の場合も、本体が強気な態度を取れば取るほど頭の蛇が男のほうへまとわりついて親愛や慕情や愛欲を示すというが、ワーキャットの尻尾もそれと同じようなものなのだろう。本人の意志に関係なく、好きなモノは好きという感情をさらけ出してしまうこれらのパーツは、気まぐれだったり素直になりきれなかったりする娘たちへの魔王閣下からの贈り物だ。
と、そっぽを向いていたミーコが急にこちらへ視線を戻した。ジト目で俺の顔を見上げるちょっと不機嫌そうな顔も、なかなか良いものである。
「ニャあ。キリヒト。 今誰か、他の女のことを考えていなかったかニャ?」
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