数年後。
早朝、國比古は身体をゆさゆさと軽く揺らされる感覚で目を覚ました。目を開くと、視界には一人の幼い稲荷が。
「とうさま。朝です。かあさまのご飯ができていますよ」
「ああ。おはよう、朝霞。すぐに着替えるよ」
可愛い娘に優しく起こされて、父親たる彼はどこまでも満足気に笑っていた。
食卓へ向かうと、既に深月と朝霞は朝食の支度を済ませてしまっていた。國比古が座布団に座ると同時に、三人で手を合わせ、食材への感謝を述べる。
「頂きます」
「頂きます」
「いただきます」
魚と野菜が主体の、慎ましいながらも栄養満点の食事。これ単体でも十分に美味いのだろうが、愛する家族と一緒に囲む食卓はまた格別である。
妻そっくりの美貌と、妻仕込みの気品ある所作は、食事中の朝霞をも一人の魔物娘として、魅力溢れるものとしていた。
「とうさま。今日は、どういう予定があるんですか?」
「ええと、朝から昼にかけて、また何人か参拝客が来るな」
「そうですか。私は、何をすればいいのですか?」
「もうそろそろ油揚げが切れるから、麓の豆腐屋へ行って買ってきてくれ。金は後で渡そう」
「分かりました。……最近、その豆腐屋の息子さんが、私によく話しかけてこられるんですよ」
「ほっほーう」
答えたのは妻。一人の子供を産んでなお若々しく、子供が育つにつれてなお妖艶さを増す女狐。
「その子、朝霞が気になるの?」
「よく分かりません。前行ったときには、何かもごもご言ってお菓子を分けてくれました」
「そう。機会があったら、あなたから話しかけてみなさい。きっとお友達になれるわよ」
「そうですか? まだほとんど、喋ったことは無いんですが」
「大丈夫よ。妖かしは、人と共に歩む存在ですもの。真心をもって接すれば、きっと答えてくれるわ」
確信を持ってそう言う深月に、國比古は何か大いなる慈悲のようなものを感じた。
朝食を済ませ、朝霞をお使いに送り出したすぐ後。
かつて、國比古の計らいで白蛇と一緒になった青年が訪ねてきた。
「神主様、お久しぶりです。以前はお世話になりました」
「うむ。しかし、わざわざこの社にまたやってくるとは、何か問題か?」
「それなんですが」
白蛇という種族の嫉妬深さは國比古もよく知るところである。女の匂いが付いてしまわないよう妻を奥へと下がらせ、男同士で向い合うと、ようやく青年は語り始めた。
彼が嫁とした白蛇は蛇女の例に漏れず極めて嫉妬深く、彼が他の女とちょっと挨拶を交わすとか、店番の女と世間話をするとか、その程度の僅かな接触でも浮気と断じて、一晩中足腰が立たなくなるまで彼を犯し続けるのだと。
夜が明けるまで巻きつかれ続け、やっと解放された頃にはもう精も根も尽き果てて、結局一日何も出来ずただぶっ倒れている他に無いと。
白蛇のことは美しいと思うし、愛してもいるが、もうちょっと何とかならないのか。青年の告白を要約すると、そんなところだった。
一通り話しを聞き終えると、静かに國比古は言った。
「そなた。嫁のことが嫌いになったとか、そういう訳ではないのだな?」
「そんな、とんでもない。綺麗だし胸も大きいし優しいし家事も凄く上手いし気立てもいいし、私みたいなのにはもったいないくらい良い嫁ですよ。
ただもう少し、夜のを手加減して欲しいと言うか……」
「そこが問題なのだよ。なぜ、手加減して欲しいのだ?」
そう言われて、青年は虚を突かれたような表情をした。
「なぜ、と言われても……一日起き上がれないくらい、責められるんですよ?」
「逆に言えば、一日待てばまた普通に暮らせるくらい回復するのだろう」
「しかし、昼間がまるごと潰れてしまうのは」
「そなたはまだ実感できていないのか。魔物と愛し合うよりも優先されるべきことが、男にあると思うのか」
「そう言われてみれば……!」
はっと息を飲んだ青年は、少し考えこむような仕草をした。
「確かに、神主様の仰るとおり。よくよく考えてみれば、別に昼間外に出てしなければならないことなんて……」
「そうだろう。白蛇と龍の加護があれば、働かずとも生きていくことは可能だ。お前はただ、妻の愛に報いることだけ考えていればいいのだ」
「おお、なるほど。まだ私は、人間の考え方から抜けられていなかったみたいですね。何を優先すべきか、見誤っていました」
「分かれば良いのだ。今でこそ一日に五回も六回も交わるのはしんどいかもしれんが、すぐに体が慣れてくる。私もかつてはそうだった」
「神主様も?」
「うむ。あいつと一緒になった当時は一日に四回も交わるのがせいぜいだったが、今ではその倍はいける様になった。そなたも、これからずっと妻だけを愛し続けていれば、遠からずそうなるだろう」
「分かりました! 話を聞いて下さって、本
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