「毎朝君の作る味噌汁が飲みたい」なんてプロポーズの言葉に密かに憧れていた俺のような人間にとって、奥さんが朝食を作る音と共に迎える朝ほど清々しいものは無い。
今日も、台所から響いてくるトントンという包丁の軽い音によっていつもと同じ時間に目覚めることができた。潤子が嫁に来てくれて以来というもの、自然と健康的な、規則正しい生活を送れるようになっている。
服を着替えて部屋を出て、食卓へ向かう。俺が着くのとほぼ同時に、ほうれん草のおひたしを皿に載せて我が愛しき大和撫子がやって来た。
「あら、武雄さん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
柔らかく微笑んで挨拶したこの和服美人こそが、俺の妻である。
といっても、彼女は人間ではない。身体がゲル状で、そのゲルから自ら作り出した衣服をまとう人間など、この世に存在しえないだろう。
あまり詳しいことは知らないのだが、彼女はここではないどこかからやってきた、ぬれおなごという生き物らしい。
数週間前のある雨の日、俺は家へと帰る途中、潤子に出会った。
豪雨の中、傘も持たずにぼーっと立っている女がいたので、最初は家出人か自殺志願者か何かかと疑ったものだった。
だが、こちらを振り向いてにっこり微笑んだその笑顔が、ちょっと垂れ気味な目や小さめの唇、蒼く透き通るような美肌などが余りに俺好みであり、また身にまとった和服が水でぐっしょり濡れて白い肌が透け、匂い立つように艶めかしく、どうしても素通りは出来なかったのだ。
何も言わず、ただニコニコしている彼女に笑みを返し、紳士ぶって自分の傘を押し付け、帰宅したその時。
先ほど出会った和服美人が家の前に立っていたときには本当に驚いた。
てっきり傘を返しに来たのかと思ったが、聞いてみるとどうも話がおかしい。自分のことを嫁だとか妻だとか言うのを聞いて、さては美人局かそれとも枕探しか、可愛い顔してこの子割とやるもんだね、なんて悪態をつきつつ警察に通報しようとしたとき、俺は彼女が人間ではないということに気づいたのだ。
遺跡破壊者や邪神ハンターとのコネでもあるならともかく、一般人たる俺に魔性の者共と渡り合う力は無い。にもかかわらず、俺が人外の存在たる潤子に対して抱いた感情は恐怖ではなく興味だった。
話ができない訳ではないようだし、害意も無さそうだし、ということで家に入れてしまったところで、俺の独身生活は既に終わっていたのだろう。
あれよあれよという間に居着かれ、身体を重ねて気がつけば妻帯者。結婚なんぞ夢のまた夢、親しい女友達すら少ない俺のもとにまさか押しかけ妻が来るなんて、少し前までは思いもしなかった。
まあ、可愛くて気立てが良くて夜に積極的な大和撫子が俺を見初めてくれるというのを、あえて拒む道理など無い。
人間でないとか言うのも、一緒になってみれば案外気にならないものだ。
常日頃から、某ゴッデスリボーンのゲームで淫魔のレベルをカンストさせたり、某大正悪魔召喚師のゲームで鳥少女にときめいてたり、某樹海ラビリンスのゲームで触手美女にときめいてたりしていたせいだろう。俺は自分でも驚くほど抵抗なく、半液体状の彼女を受け入れることができたのだ。
晴れの日だろうと屋内だろうと関係なく、どういうわけか体中いつもびっしょびしょだが、それでも不思議と床も家具も汚さない彼女を、好みこそすれ嫌いになる要素は全く無い。微笑を浮かべながら、今朝も立派な朝食を作ってくれた彼女を、憎むことなどできようか。いやできない(反語)。
「では、いただきます」
「いただきます」
二人食卓について、慎ましくも心のこもった食事を摂る。
この部屋に一人で住んでいた時には食事即ち栄養補給、安く腹が膨れりゃ味は二の次という感じだったが、潤子の作ってくれる料理は単なる栄養補給を超えて俺を癒し、力づけてくれる。
じっくりと味わって食事を摂ることなど、独身時代には一週間に一度あれば良い方だったが、もうあんな味気ない生活には戻れそうもない。
「うん、美味い」
「ありがとうございます」
何度繰り返しても、俺が褒め言葉を口にするだけで潤子はひどく嬉しそうな顔をしてくれる。張り合いのある生活、とはまさにこういうのを指して言うのだろう。
「ああ、そういえば。武雄さん、今日、武雄さんの部屋をお掃除していいですか?」
「ああ、いいよ。ありがとうな、いつも」
「いえ、そんな……私は武雄さんの妻ですもの……」
ちょっと照れて顔を背けた潤子の顔は、俺の残りの人生全てを捧げるに足るものだった。
食事を終えた後。潤子が掃除道具を持って俺の部屋へ行ったので、邪魔にならないよう俺は居間で座っていた。
彼女が俺の嫁になってくれてからというもの、家の中のことはほとんどする必要が無くなってしま
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