第三章

「兄さん。しばらくは、私に精液を飲ませてくれなくても結構ですよ」

 ある日、いつもの栄養補給を終えたルクレツィアが言った。
 随分とまた急な話である。サキュバス化した妹の命を保つためとはいえ、毎晩繰り返される近親相姦まがいの行為に強い忌避感を覚えていた俺としては、そう言ってくれるのは正直言って嬉しい。のだが、やはり心配な事が一つ。

「本当か。しかし、大丈夫なのか。前みたいに、倒れたりしないのか」
「ええ。今まで兄さんに、たっぷり飲ませていただきましたもの。嫌々射精してもらう必要も、ありませんよ」

 ちょっと捨て鉢な、吐き捨てるような口調で彼女は言う。
 いったい如何なる心境の変化なのかは分からないが、これ以上実の妹に精飲させなくて済むならそれに越したことはない。

「うむ、分かった。苦しくなったらいつでも、呼ぶんだぞ。たまに様子を見に来るからな」

 そう言って俺は、軽い足取りで地下室を出る。下半身に黒い下着一枚穿いただけのルクレツィアは、そんな俺を興味深げに見ていた。

 そうして俺は、罪から解放された清々しい日々を送れるようになった。
 といっても、この舘から自由に出られるわけではないし、これといってすることもない。家から持ってきた本でも読もうか、ここに来てからは正直、妹とのあれやこれやで読書どころじゃなかったからなあと、倉庫に積みっぱなしにしてあった荷物を解いてみた。
 適当に実家の書棚から引っこ抜いてきた文芸書、思想書や軽い娯楽小説などいろいろな書物が出てきた。
 これらを気の向いたものから読んでいけばひとまずの暇つぶしには困りそうにないし、読む物が無くなったら週に一回食べ物などを届けに来る実家からの使者に頼んで何か買ってきてもらってもいい。
 対外的には、俺とルクレツィアは病気療養中ということになってるらしいから、まあその程度の要望は受け入れられるだろう。
 最初に開けた箱の他にも、衣類や日用品を詰めたものたちが家から送ったままになっている。
 時間もあることだし、とりあえず全部荷を解いてしまおうと手近な箱を開けると、そこには俺のではなくルクレツィアのものと思しき衣類が入っていた。
 今の彼女はどういうわけか上下ともに下着だけしか着ていないが、しかしこれはこれで、必要なものだろう。
 整理して箪笥にでも仕舞おうと思って上着やら靴下やらを取り出してみると、底の方から下着が見つかった。
 白いブラジャーと、揃いのパンティー。新品ではなくある程度使われた形跡があることから、かつて家で妹が身に着けていたものだと分かる。
 その白い下着から、どういうわけか俺は目を離せなくなっていた。
 何度か洗濯されたせいか少しくたびれたところはあるものの、汚れもシミもない綺麗なブラとパンツ。
 何ということない、単なる、家族の身に着けていた服。特に意識することなど無い、意識してはいけないはずのそれに俺はいつの間にか手を伸ばしていた。
 清楚な白い布地。華美でなく、それでいて手の込んでいそうなレースの縁取り。中サイズのおっぱいを包むブラと薄くて脆そうなパンティーを握りしめ、俺ははっと我に返った。
 今俺は、何を考えていた。散々、近親相姦はいかんと言っていた癖に、妹の下着を掴んで、一体どうしようとしていたのだ。
 ひんやりした絹に妹の甘い残り香を感じたような気がして、俺は喜んではいなかったか。
 
「……バカバカしいっ!」

 俺は勢いをつけて、手に持ったパンティーとブラを箱に投げ入れた。
 男性ならば、女性の下着に多少興味が湧くのは当然だ。俺は妹の下着に興奮したんじゃない。
 かすかに残ったルクレツィアの汗の匂いとか、見えるか見えないかという程度の汚れに気を惹かれることなど有り得ない。
 こんなものは、単なる気の迷いだ。
 ちょっと舐めてみたいとか、匂いを嗅いでみたいなんて思っちゃいない。俺は決して妹に誘惑されて、本気になりつつあるわけじゃない。
 誰にともなく、俺は弁解していた。


 数日後。
 本を読む気分でもなく、かといって他に気晴らしのアテも無い俺は、不意に強い性欲を覚えた。
 ここに来てからというものの、毎晩妹にしゃぶられていたせいで自発的に射精したくなることは全く無かったのだが、しばらく地下にも行っていないせいでいつの間にか溜まっていたらしい。
 部屋に戻り、ズボンを脱いでさあ一仕事、と始めたはいいが、何かがおかしい。
 俺のものはちゃんと勃起はするし、擦って刺激すれば我慢汁も出る。しかし、どれだけ頑張っても解放に至れないのだ。
 右腕がだるくなるくらいしごき続けても、透明な汁をだらだら漏らすだけで俺の陰茎はいつまでたっても絶頂しない。
 普通の倍くらい長く自分を慰め続けた果て、ついにくたびれて俺はベッドに倒れこんだ。
 
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