第二章

 貴族の家系というものは、一般の家庭とは全く異なる機能を有する。
 一般庶民にとっては、家族とはお互いに助け合い利益を与え合うための構造である。親は子を育て、子は親を助ける。一人で生きていけない人間が寄り添うための組織が、家族である。
 即ち、平民にとって家族というものは、それを構成する人間のために存在する。
 貴族の場合はこの逆である。
 本家や分家の違いを問わず、そこに産まれた者たちは「個人」としての在り方よりも先に「なになに家の一員」として在ることを要求される。
 生まれながらにして家系の奉仕者、生まれるよりも先に役目が与えられている、それが貴族の子女だ。
 上に何人かいた兄貴達ほど、俺は自分を組織の構成員として割り切れなかった。それ故に、私立学校の授業をサボタージュしたり、勝手に屋敷の家財を売り払ったりして色々反抗してみたりもしたのだが。
 結局、俺が額に汗して働かずとも日々の食事を得られるのは俺がメルドリッチ家の一員であるからだという事実を覆すことは出来なかった。
 俺は、憎み抗っていた貴族の血無しには生活できないのだった。それを理解してなお、八つ当たりのごとく親や兄貴に反抗する俺の姿は、実権を握る爺様がたから見るとさぞ滑稽だったろう。
 そんな、兄貴や従兄弟と違ってやたらと反抗的で、これと言って学業面でも社交面でも取り柄の無い俺だったが、それでも親父達は俺を追い出したり懲罰したりはしなかった。
 成長すればそのうち俺も家のやり方に馴染むだろうと見越していたのかもしれないし、馴染まなかったら馴染まなかったで何なりと、利用法の案はあったのかもしれない(実際、妹を封ずる役には立ったわけだ)。
 メルドリッチ家から脱出する、どころか親の掌から逃れることすら、俺には叶わなかったということ。手は離されたが依然として目は離されない状態を仮初の自由だと思い込んで、親世代の放任を甘受していたのだ。

 そんな風に、俺がある意味では気ままな生活を送っていた一方で、妹のルクレツィアは俺より遥かに厳しい環境にあった。
 なぜか俺たち本家には女子が少なく、子供の数自体もあまり多いとは言えなかった。俺たちと同年代の親族の中で唯一の女であったルクレツィアは、まだ幼い頃から政略結婚の道具として教育され、調教され続けてきたのだ。
 封建的な貴族主義の例に漏れず、ルクレツィアに施された教育はつまり「夫に従う女」を作るためのものだった。
 待望の女子ということもあってその教育はずいぶん熱心に行われ、当時まだ幼かった俺から見ても、これはちょっとやり過ぎなんじゃないかと思えることは少なくなかった。
 自我も確立しないうちから施された抑圧的教育の影響か、それとも元々の性格なのかは知らないが、その教育は功を奏した。
物心つく頃にはすっかり、ルクレツィアはすっかり大人しくて自己主張の苦手な、内気な女子になってしまっていた。親父どもの願いは叶ったことになるわけだが、それで彼女が自由になれるわけでもなく。
 実の親や、血のつながった親族ですら彼女を調教の対象か、一族繁栄のための道具としてしか見なかった。常に親たちに対して反抗的で、家のことになんか微塵も興味を持たなかった兄にルクレツィアが救いを求めたのも、ある意味では必然だったろう。
 俺としても、こんな幼い子を泣かしてまで家系が存続する必要など無いと思っていたし、口うるさい説教もガキ臭い悟りぶった世迷い言も吐かずに、ただ一緒に居ようとしてくれる無口な彼女のことを愛おしくも思っていた。
 朝から始まる苛烈な授業を終えて、夕食までの僅かな自由時間。俺とルクレツィアはよく二人で屋敷を抜け出て外を散策したものだった。
 今から思えば、親父達が大事な娘を短い時間とはいえ放っておいたのは不思議なことに思えるが、もしかしたらメルドリッチ家一の問題児と大事な商品、一度に監視できて好都合、ぐらいに考えていたのかもしれない。
 ともかく、幼い頃の俺たちはお互いを必要としていた。親にも兄弟にも言えないことを、兄妹同士でなら言えた。
 抑圧されっぱなしだったルクレツィアはもちろん、いつもつっぱり続けていた俺にとっても、互いの存在はずいぶんと大きな救いになっていた。
 成長してからもそうだ。
 自分の血筋に抵抗しながらも、その家から出て一人では暮らしていけないことを薄々感づいて絶望していた俺と、引き合わされるすべての男に単なる一人の女として、子を生むための道具として見られることに疲れ果てたルクレツィア。
 俺と妹は、お互いに利益や打算抜きで触れ合える唯一の相手だったのだ。
 だから、俺はあいつの望むことなら何でもしてやれるだろうし、あいつだって俺のことを大事に思ってくれているのは分かっていた。特異な環境ゆえ、俺たちは普通の兄妹よりも遥かに親
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