反魔領の貴族にとって、身内から魔物が出る程不名誉なことは無い。
必ずしも信心深くはない領主や地主、政治家などが魔物を恐れるのは、教会の説くような情け容赦の無い補食者としての魔物像を頭から信じ込んでいるからではない。
その同化能力が自分の家にまで及べば、家名に傷が着くからなのだ。
市井の商人や企業家と違い、貴族には金や資産はあってもそれを上手く扱い殖やすための技術は無い。それでも彼らが労働せずに日々暮らしていけるのは、偏に名字の力、伝統と名誉と信用に基づく権力のおかげである。
彼らにとって名とは単なる飾りではなく、大事な食い扶持でもあるのだ。
形無きがゆえに、その権勢は王が代替わりした程度では容易く揺るがない。しかし一度その名を汚す者が現れれば、二度と社交界に返り咲く事は叶わない。下手を踏んだ競争相手に再起の機会を与える程、貴族たちはのんびりしてはいないのだ。
そんな中で、もし貴族の中でも名門と呼ばれる家の一員が魔物化したら、どうなるか。
人間を辞めてまで一族の誇りだの家の格だのを守りたがる淫魔は少なく、新たに誕生した魔物娘たちは大抵男を求めて出奔し、その事はすぐに世間の知るところとなる。結果、残された者たちの抵抗も空しく、一族一丸となって坂を転がり落ちるように没落していくのが常、なのだが。
「……そろそろ行くか」
因業じじいどもは、自分たちの権益を守るためなら手段を選ばない。世間に知られてはまずい秘密を地下に押し込めて隠す事など、ためらいも無くやってみせる。
俺に与えられた任務は、その「秘密」を監視し、外へ出さないこと。そして、「秘密」が求めるモノを供給し、外へ出ようと思わせないこと。
ちょうど日付が変わるくらいの時間帯に、俺は部屋から出て燭台を掲げ、足下に注意しながら地下への螺旋階段を下って行った。
俺と彼女が住み始めるまでは誰にも使われておらず、長い間手入れもされていなかったこの屋敷は構造の多くが老朽化している。その中でも地下の劣化は酷く、ろくな明かりも無いためふとした拍子に転倒してしまいそうだ。
そんな危険な階段を降り切ると、広い廊下に出る。左右には等間隔に部屋が並んでおり、通路側とは頑丈な鉄扉で区切られていた。
かつてどういう目的で使われていたのか、考えるだけで気分の悪くなるそれら独房のうち一つだけ、今もなお使用されている個室がある。
廊下の突き当たりに位置するその部屋の前に立って、俺は呼吸を整えた。
できるだけ自然な表情を作り、心拍数を抑える。深呼吸を繰り返し全身の火照りを抑えて、期待も不安も無い、ただ必要な事をこなしに来ただけだと言う雰囲気を作り上げ、俺は扉を開いた。
「いらっしゃい。お待ちしていましたよ、兄さん」
黒いブラとパンティだけを身に着け小さな独房の奥に悠然と佇む美少女こそ、俺の親族たちが恐れる「秘密」にして俺の実妹、ルクレツィア・メルドリッチである。
たった数本の蝋燭だけが照らす薄暗い部屋でもはっきり見て取れる一対の角や大きな翼、長い黒紫色の尾が示す通り、彼女は人ではない。男の精を啜り、いつまでも若く美しくあり続ける魔界の支配者、サキュバスなのだ。
彼女が人間を辞め、この様な姿となるまでにどういう経過があったのか、詳しくは俺にも知らされていない。
ただ確かなのは、ルクレツィアがある日ふっと姿を消し、数日後帰って来た時には既にサキュバスになっていたということ、空き家と監視人兼使用人として一番年の近い実の兄、即ち俺を与えてくれれば余所へは行かないし迷惑も掛けないとルクレツィアの方から親父どもに申し出たらしいこと、である。
親族の誰かが持っていたらしい古い館と、権力欲と向上心の薄い本家の末弟(つまり俺だ)で一族全体を守れるのなら安い買い物ということで、俺は妹と二人、世間から半ば忘れ去られたような生活をしていた。
俗世の権力争いやマネーゲームを疎ましく思い、一方で年の近い妹とはとても仲の良かった俺としては、この境遇に大きな不満は無い。
食料や生活必需品、金なんかは毎月本家の方から支給されて来るし、可愛い妹と静かに暮らせるのなら、
「お前が承諾しないと言うならば、あの女は殺してしまう他無い」
なんてジジイどもに脅されなくとも、むしろ進んでルクレツィアの監視を引き受けていただろう。
俺が妹の本心を知ってさえいれば、こんな事にはならなかったのだ。
「さあ、兄さん。今夜も精を下さいね?」
ドアを後ろ手に閉めた俺は、言われるがままズボンを下ろす。
下着を脱いで露出した男性器は、これから与えられる愛撫の予感と禁忌への恐れとで、半勃ちになっていた。
「まだ、やわやわなんですね。私に大きくして貰いたいんですか……?」
ルクレツィアの白くて細い五本の
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