バブリング操性器

 ここ10年は来たことの無い点検員のため灯された魔導燈が弱々しく光る暗渠。
 薄暗い下水道を、物も言わず行き場も無さげに徘徊する娘が一人いた。
 娘といっても、その姿は人間のものとはかけ離れている。そもそも、彼女には定まった身体と言う物が無い。
 濃い緑色の粘液が女性の形態を取って隆起した、バブルスライムという魔物である。
 テイミンという名のその魔物娘は、一般のスライムよりは知能が高い様子だったが、しかしそれゆえにか酷く物憂げな表情をしていた。
 その名の通り粘液状の肉体から絶え間無く泡を生成し空気中に放っているテイミンだが、その泡、いや彼女の液状の身体そのものが、物凄い悪臭を放つのだ。
 下水や汚水を何倍にも濃縮して煮詰めた様な、鼻が曲がりそうなんて言葉ではとても形容できない臭気ゆえ、地上の人間達に迫害され、仕方無くこの臭くて暗くて窮屈な下水道をねぐらとしていた。
 行き場も生き甲斐も無く、このまま誰の目にも付かない地下でひっそり生き続けるのかなぁ、とテイミンが気落ちしていた時。彼女はふと、視界の隅に何か見慣れないものを見つけた。
 近寄って見てみると、なんとそれは通路に倒れて気を失っている人間の男だった。
 年の頃は20に少し足りないくらい。その若々しい体はしかし、打ち身や切り傷、何かよく分からない刺し傷や穴などでぼろぼろであり、男の生活環境の悪さを伺わせた。
 すぐに治療が必要な大きな外傷は見当たらないが、足を少し挫いているらしい。
 脇の壁には中程で折れた梯子が据え付けてある。切断面は真新しく、転落の衝撃で頭を打った結果、気を失ったらしい事が分かった。
 不衛生な下水道に傷ついた人間をこのまま放っておくのを可哀相に思ったテイミンは、男を自分の寝床に連れ帰る事にした。もともと用具置き場か何かだったらしい小部屋を一室、下水道の下層に確保してあったのだ。
 他のスライム種と比べて粘度が低く、力も余り強くないバブルスライムの身では、男一人を引きずって歩く事などできない。可塑性のある体を活かして、男の頭から足先まで包み込む様にして抱きかかえる以外に無かった。
 半開きの口に半固体状の軟体がちょっと流れ込むのを、テイミンは申し訳なさげでいた。

 二人、部屋に戻ってしばらく後。床に寝かせていた男が唸り声と共に目を覚ました。

「ん……あ? ここは……」
「あ、ええと、おはようございます」
「……? わ、あんた、魔物か」
「は、はい。此所は私の隠れ家で……」

 テイミンは男に事情を説明した。

「つまり、あなたが俺を助けてくれたのか。礼を言うよ。
 俺の名はフレイ。恩人の名を、伺って良いかい?」

 今までに臭い臭いと言って自分を苛めた人間達と違って、随分友好的な感じの挨拶に少し戸惑ったテイミンだったが、彼女とて女の子。若い男性にフレンドリーに接してもらえて嬉しくないわけも無い。おずおずと、自己紹介を返す。

「あ、はい。私はテイミン……バブルスライムです」
「バブル? ……ああ、確かに泡が出てるな」
「きゃっ、ごめんなさい。私の泡、臭いでしょう?」
「む? そうか?臭いのは臭いが、これは下水道の臭いでしょ? テイミンさんからは、別に何も臭いは感じないけど」
「え……?」

 自分の事を臭くないと言ってもらえたのは、テイミンにとって始めての事だった。
 僅かにフレイの口に流入した自身の一部、その作用も知らず、少女は問うた。

「う、うそ、みんな、私のこと……」
「嘘なんかじゃないですよ。テイミンさんは臭くなんか……むしろ、ちょっと良い匂いがしますよ。微かに、だけれど」
「ほんと……!?」
「本当ですって……ぐ、痛っ」
「ああー、動いちゃだめです。足を挫いているんですよ」

 起き上がろうとして苦痛に顔を歪めたフレイに、テイミンは身を寄せた。
 自分の事を臭くない、どころか良い匂いがするとまで言ってくれたこの青年への好意が急速に高まるのを感じながら、再び床へ寝かせる。
 密着するくらい身体を近付けても顔をしかめない初めての男に、伴侶を求めて飢える魔物娘の本能が熱くたぎる。

「治まるまで、じっとしていて下さいね。……私の臭いが嫌じゃないなら、いつまでいてくれてもいいですから」
「本当に、臭くないんですって。魔物とはいえ女の子が、余り自分の事を悪く言うもんじゃないっすよ」
「女の子……!!」

 生まれて初めて「女の子」として扱われ、テイミンの全身が歓喜に震える。
 女性としての快感に目覚めつつある彼女の様子も知らないフレイは、言葉を継いだ。

「しかし、ここにいていいと言ってくれるのは正直、助かるなあ。しばらく地上にゃ、戻るに戻れんのよね」
「何か、あったんですか?」
「うーん、まあ、大したこっちゃないんだけどね。
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