Happiness in Slavery

 夢のハーレムとか、両手に花とか言って、一人で二人も三人も女性を愛そうとする男がいる。
 別にそれはその人の生き方なのだから、文句をつけたり改めるよう強制したりするつもりは無い。
 ただ、俺には俺を愛してくれる可愛い女がただ一人いてくれればそれで十分だと、食卓に着いて夕飯が出て来るのを待ちながら思っていたのだ。
 間も無く、今夜のメインディッシュである兎肉のソテーを大皿に乗せて、我が最愛の妻たるサハギンのフィリアがやって来た。
 魚人らしく静かな、凪いだ夜の湖面のような無表情。しかし長らく生活を共にしてきた俺は、その動きの無い顔面の奥に、いつに無く自信ありげな、得意げな感じを悟ることが出来た。どうも今晩の作品は、彼女に取っても満足のいく出来らしい。
 料理が揃い、俺とフィリアは手を合わせる。日々の食事、その恵みに感謝する言葉を述べると、彼女も無言で応じた。
 早速、出来たてアツアツで湯気すら放っているそのソテーに口を付ける。付け合わせの野菜と共に口に入れ咀嚼すると、まるでつい先程屠殺して捌いたばかりであるかのような、野性味と新鮮さ溢れる肉の旨味が口一杯に広がった。
 一体、こんな旨い肉を何処から仕入れて来るのだろう。素材の良さもそうだが、惣菜屋を営んでいるフィリアは料理の仕込みや調理にも結構な時間と手間を割く。
 美味のための面倒を厭わないそのスタンスゆえに彼女は料理人として生活して行けるのだろうし、俺もまたその恩恵に与かることが出来る。実にありがたい事だ。
 思えばフィリアと結ばれる前の俺は、最低だった。
 右を見ても左を見てもハーレムやカップル、おしどり夫婦が一杯。更にはそれら幸せ家族に触発された、飢えた魔物娘たちが一刻も早く自分もその輪に加わらんとあちらこちらで手ぐすね引いて男を狩っている、そんな魔界で、ずっと誰とも結ばれず独身であり続ける辛さは、非モテの情け無さとかブ男の悲哀とか言ってカリカチュアライズして笑いのネタに出来るような物では決してない。
 それは自分の周囲の空間そのものから、自分の存在価値や生きている意味を否定されるに等しい事なのだ。お前はここに必要無いと、朝から晩まで一日中宣告され続けるという事なのだ。
 「俺は俺のために生きる。俺の力は俺の楽しみのためだけに振るう」と言い切れるだけの強さを持った男なら、あるいはそんな状況も耐えられたかもしれない。
 しかし、俺はそんな孤高の男にはなれなかった。「自分のため」という価値基準を最上の物として掲げてみても、もともと我欲や執着というものに乏しい俺は、「自分のため」に必死になったり、歯を食いしばったりする気にはなかなかなれない。
 他人には受け入れられず、さりとて自分のために頑張るほどには俺自身、俺という人間に価値を見出だせず。
 「俺なんて、どうでもいいや」と思ってしまえば、もう何に対しても頑張ることなどできない。どれだけ状況が悪くなろうと、俺自身が「まあいいか」と済ましてしまえるのなら、それで何の問題も無いのだから。
 突き詰めていけば、それはつまり生きる意味が無いということになる。死んでしまえば一切の義務や職務から解放されるし、それを「まあいいか」と済ましてしまえれば、後は安寧だけが残るからである。
 そんな風に、極限まで沈み込んでいた俺に手を差し延べてくれたフィリアがいてくれたからこそ、俺は今こうして可愛い彼女の小顔を眺めながら至高の美味を味わえているのだ。
 彼女には本当に、いくら感謝してもし足りない。俺のような男を愛してくれるというだけで、世界の全てを捨ててフィリアだけを選び愛するに十分足りる。嘘偽り無く、彼女のためになら死ねると言える。
 ……サハギンである彼女にとって言葉でのコミュニケーションは負担が大きいらしく、あまり熱烈な言葉を吐くと照れてしまってロクに会話も出来なくなるので、口には出さないが。

「……どうしたの?」
「いや、旨い料理を作ってくれる嫁さんがいて、幸せだなあって」
「……もう」

 物思いに耽りながらも手は止めず兎肉をむしゃむしゃ貪り食っていた(無論余りにも彼女の料理が美味過ぎたためである)ためか、不審に思われてしまった。
 割りと独占欲の強いフィリアは、俺が何か考え事などしていると他の女の事を想っているように思えて、不安になるらしい。
 全く無用な心配であるが、魔界には豊満な肉体や巧みな口車で男を誘う魔物が多く生息している。会話能力やおっぱいの大きさで遅れを取るサハギン種が心配性気味になってしまうのも、無理は無い。
 まあ俺に関して言うならば、そこまで案じる必要も無いとは思うのだが。連れ合いが出来た男は独身の時よりモテる、なんて言う人もいるが、ここに例外がいますよと示してやりたい。
相変わらず世間の女どもは俺に必要以
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