Comfortably Numb

 人間の女が魔物になるのは、ここのような親魔物国では時々聞かれる話だ。
 だがしかし、男が魔物娘になるというのはちょっと俄には信じ難い。

「……で、久しぶりにその寿司屋に行ってみたんだけど、いつの間にか閉店しちゃってたんだよ。
 悪い噂でも立ったのかな?」

 まあ信じ難いと言っても、すぐ近くにこうして実例が歩いているのだから信じる以外無いのだが。

「……? どうしたの? ファラウィ、そんな見つめないでよ。照れるじゃないか……」
「ああ、すいません、先輩」

 恥ずかしげに顔を背けたこの人が、ベスティアリ先輩。
 ついこの間までは確かに男性だった筈なのに、一体どういうわけかサキュバスになってしまったお人だ。
 魔界や魔物娘の世界ってのは割りと何でもありな雰囲気だが、流石に昨日まで男だった人がある日突然女になったなんてのは、人間の男には刺激が強すぎた。
 ベスティアリ先輩の周りの人もどう接していいか分からず、遠巻きにしている感じらしい。このまま先輩を放っておけば、単に変化に戸惑っているだけの周囲の反応をいじめか何かと勘違いして、見た目だけヤンキーなぼっち転校生の舎弟になってしまいかねない。
 少し年が離れている俺のような人間くらいは、せめて今までと変わらず接してあげるべきだと思っているのだ。

「そういえば、もうそろそろ夏本番だねえ」
「はい。今日も暑かったですねー」
「ねえ。 ……うーん。ファラウィ、ちょっと君、色白過ぎじゃない? 海とか山とか行くのに、そんなじゃだめだよ」
「え、そうですか? もっと焼くべきですかね」
「そうだよ! 今日はいい天気だし、僕の家へおいでよ! 屋上で、焼いて行くと良い。うん。名案だ」

 これは妙なことになった。
 先輩が女性化する前は何度も家にお邪魔したこともあったんだが、女になってしまってからは一度も無い。
 男としてのベスティアリ先輩を知っている身としては、こういうことを言うと非常に複雑な気分にさせられるのだが、今の先輩は相当可愛い。
 元々線が細くて女顔だったということもあるんだろうが、肌の白さとか髪の艶、肩幅の小ささや鎖骨の細さなど、細かい部分が少しづつ華奢に、たおやかになっただけで、これほどまでに女性として魅力的になってしまうとは。
 顔は確かに俺が前から知っている男としての先輩なのだが、同時にそれが可憐な女性としても映る。長い睫毛を伏せた物憂げな表情など、そこらの女性を遙かに上回るほど艶めかしい。
近頃急速に花開いてきたベスティアリ先輩の女らしさを目の当たりにする度、心の奥がざわつき、男として扱えば良いのか女として扱えば良いのか、酷く戸惑ってしまうのだ。
 いや、ここで俺が躊躇ってしまったら、先輩は完全に一人ぼっちになってしまうじゃないか。せめて周りの人が先輩に慣れて、普通に接してくれるようになるまで、誰かが支えになってあげなければ。
 葛藤を隠して、できるだけ気負いなく、俺は答えた。

「ああー、いいですね。お願いします」

 俺の返答に気を良くしたらしい先輩は、見るからに嬉しげに自分の家まで俺を案内して、既にお互い見知った筈の宅を指さし

「ここ、ここ」

 などと言ってみせるのだった。


 屋上に上がらせてもらって、素肌を晒して甲羅干しをする。仮にも女性の前で服を脱ぐのは少し気が引けたが、ひどく楽しげな先輩に急かされてしまっては仕方ない。
 ベスティアリ先輩まで水着姿になったときは流石に狼狽したが、俺一人が先輩の見ている前で半裸になるというのも、それはそれで辛いものがある。選ぶ余地も無く、俺は先輩と二人、屋上に寝ころんでいたのだが。

「サンオイルを塗ってあげよう」
「い、いやそんなの悪いですよ」
「気にしないで! 気にしないでよ! さあさ、背中を出して」

 否応なくうつ伏せにされ、ベスティアリ先輩直々にオイルを塗ってもらえることになってしまった。
 強い太陽の光で肌がじりじり焼ける。熱く火照った背中を、ぬるぬるした先輩の手が優しく撫で、オイルを摺り込んでいく。
 やはり女性らしく、細くて白い指で肌を弄られていると、なんだか妖しい気持ちになってしまう。自分の中で先輩との正しい距離を未だ把握しきれていないこの状況で、欲望だけを喚起されるのは酷く不安な心持ちだった。

「ファラウィって、色は白いけど……体は結構がっちりしているよね」
「いえ、そんな。まだまだですよ」
「いやいや、これはなかなかだよ。背筋が硬くって、セクシィだ」
「!!」
「でも肩の筋肉なんかは、ちょっと硬すぎかな。疲れが溜まっているよ、ねえ」

 急に自分の体を褒められ、一瞬思考が停止してしまった。先輩は今、セクシーと言ったが……俺のことを、男として見ているのだろうか。いや確かに俺は男なんだが、女と化した先
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