寒村から脱出して着いた都会は、故郷よりもっと寒々しかった。
仕事を求めて田舎から出てきたはいいものの、質素倹約を庶民に強いる教会領は万年不景気で碌な仕事が無い。
女ならまだ、その教会のお偉いさん相手に身体を売るなり、あわよくば妾にしてもらうなり、後ろ盾なしに身を立てる術が無いでもないのだが、男じゃそうはいかん。
定まった職はなかなか見つからず、実家から持ってきた金も底を突き、酒場で最低級の蒸留酒をちびちびやりながら希望の無い明日に絶望していた俺には、突然現れた黒衣の女の誘いを断る道など無かったのだ。
フードのようなもので目元を隠したその女曰く、たった一晩で、ちょっとした事業を始められるくらいの金が貰える賭博があるらしい。
余りにも怪し過ぎる、これ以上無いくらい裏の有りそうな、生活に余裕のある時なら相手にもしなかった話だったが、都会の路地でひっそり朽ちるかという瀬戸際に立っていた俺はつい、その話の詳細を尋ねてしまった。
やはりというかその賭博は単なるギャンブルではなく、非合法なものらしい。それも、人間同士で勝負するのではなく、魔物が人間と勝負したがっているとのこと。
魔王が代替わりして以来、魔物たちもその性状をずいぶん変えたらしいが、実際どう変わったのか、俺は今一つ良くわかっていなかった。
俺の故郷は教会の影響力が弱かったため、ここらあたりの神学校で施されるような、「魔物は人類の天敵である」とか「あらゆる魔物を誅殺してこそ人類の幸福が実現する」なんて血腥い、狂信的な教育を受けたわけではない。が、しかし魔物と実際に交流したこともないため、魔物と人間との関係について判断すべき材料が俺には無い。
俺の人相からそのあたりを判断して、女は声を掛けてきたのかも知れない。実際、魔物を心から恐れ憎んでいるやつがゴロゴロいるような街では、俺みたいなスタンスが相対的に魔物に対して友好的である、とも言えるだろう。
しかし、人間相手にやる時でも細心の注意を払わねば酷く騙され毟られるのが賭博というやつである。まして、人外との賭博など、どんなイカサマが仕込まれているやら知れないし、第一勝てたとして、金をちゃんと払ってくれるか甚だ疑問である。
しかし、その、口元のホクロが印象的な謎の女の話を蹴ってしまえば、俺は明日食べるものにも事欠くのだ。
人間と遊びたがっている、ということは、少なくとも話は通じるのだろうし、騙すにしても俺みたいな見るからに金の無いオケラを捕まえて、詐欺だの美人局だのやる阿呆もいるまい。
ダメで元々、どうせ死にかけたこの身、せいぜい派手に散らしてやるぜなんて粋がって、件の賭博とやらの行われる場所を尋ねた俺を、女は見透かした風でいた。
言われた場所へ行くと、果たしてそこには一軒の洋館があった。
入り口に近づくと、俺がドアを叩くより早く、館の内から一人の女が出てきた。
「いらっしゃいませ。プレイヤーの方ですね?」
「ああ。案内してくれるのか?」
「はい。どうぞこちらへ」
案内人に続いて、建物の中に入る。階段を降りて、向かうは地下。
螺旋状の石階段を降りて辿り着いたのは、長い廊下だった。左右には上質の木出来ているらしい分厚い扉がいくつも並んでおり、さながら旅館のようだった。
丈夫な壁と扉の向こうからは、何の音も聞こえないが、もしかしたらこれらの部屋の何処かでは、俺と同じような奴らが命を賭けた勝負を行っているのかな、とふと思った。
通路の中ほど、右側の扉を案内人が開ける。促されて入ったのは、一面に赤い絨毯の敷かれた小部屋だった。
部屋の中央には黒く四角いテーブルが据えられ、その卓を挟んで大きなソファーが一対置かれているが、それ以外には何も無い。応接間と呼ぶには殺風景なその間には、先客がいた。
「いらっしゃい。よく来てくれたわね。
私はアルテミシア。歓迎するわ」
入り口から見て左手のソファーに座った女が、立ち上がって歓待してくれた。灰色のタイツに黒のタイトスカート、上半身には白のブラウスを着た、素晴らしい美女である。
すっと通った鼻筋、切れ長の眼、紅く瑞々しい唇。どう讃えようと、褒める言葉が尽く見劣りする、何処か破滅的な雰囲気を放つ女だった
賞賛されるべきなのは顔だけにとどまらない。肌は雪のように白く、部屋の間接照明を受けてそのきめ細かさ、滑らかさを惜しげもなく誇る。
胸は大きく、肩にかかるセミロングヘアはまるで絹のよう。余分な脂肪は一切無く、それでいて女性らしく薄く肉のついた美味しそうな脚。
美しい、良い女なのは確か、なのだが……口元のホクロや、つり気味の目などが、どこか勝気、いやもっとアグレッシヴな、獰猛な雰囲気を放っていた。
美貌にアテられかけた自分を奮い立たせ、挨拶もそこそこに
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