明烏天狗

 遊んでばかりの放蕩息子は困るが、だからと言って酒も女も全然やらないという極端な堅物も、それはそれで親というものは心配するものだ。
 
 図鑑世界のあるところに、とある王国があった。現王の治世はそれなりに安定しており、やや反魔傾向はあるものの、目立った争いもなく人々は平和に暮らしていた。が、問題がひとつ。
 そこの王子は、朴念仁などという言葉ではとても言い表せない堅物だったのだ。日の出と共に目覚め、朝から昼は武術の鍛錬、夕方からは政治の勉強や読書などして、日が変わる前にはもう寝入ってしまう。
 遊んでばかりいられては問題だが、まだ成人前とはいえ、ゆくゆくは人の上に立とうという人物がこれでは、大げさでなく王国の未来が危ない。たまには外へ出て色んな人と交流してみろ、多少の失敗はわしが何とかしてやると王が再三奨めても、一向に遊びというものに興味を示そうとしない。人並み、いやそれ以上に酒色を愛する王の、目下悩みの種となっていた。
 あまりの潔癖ぶりに業を煮やした王は、側近の男二人を呼び、王子に遊びというものを教えるよう命じた。
 一晩、女と酒の豊富な場所にでもいれば如何に真面目男と言えでも多少なりとも感じ入るところもあろう、という考え。大事な大事な第一王位継承者を、よりにもよっていかがわしい遊び場へ送り出そうというのだから、王も相当に悩んだ上での決断だったといえよう。
 
 命を受けた側近二人、ベアとオクトは、心中密かにほくそ笑んだ。
 この王国は近年、魔物の力を借りて急速に発展する近隣諸国を警戒・対抗し、中立的だったのを徐々に反魔的路線にシフトさせてきていた。
 表立った迫害や虐殺などはまだしていないが、色々と面倒な法を設けては魔物の入国を制限したり、就ける職業を限定していたりしていた。そんな中で、この側近二人、実は魔物娘の夫。次期国王陛下に魔物娘の良さを教えて差し上げられるこの機会に、飛び上がって喜んだ。
 カラステングを娶ったベアと、メドゥーサを嫁に迎えたオクト。昨今の事情が事情なので、妻には魔物であることを隠してもらっていたが、そのことを常々、心苦しく思っていたのだ。

「ベアよ。王子を魔物色に染めてしまえば、我々クロビネガーの未来は明るいな」
「うむ。国王陛下もまだまだ元気ではおられるが、誰しも歳はとる。王子はまだ若いし、他に王位継承の対立候補になりそうなのもいない。王子さえ押さえてしまえば、親魔路線への転換など造作も無いこと」
「大体、この世界はいずれ残らず魔王閣下のものとなるのに、人間同士でちまちま争って無駄に血を流す必要など無いのだよ。我らが祖国に平和をもたらすためにも、反魔路線は早急に正されねばならん」
「王子に魔物の良さを分かってもらったら、じっくりとこの世界の実情について説明してさし上げよう。それさえ済めば、後は王が亡くなるのを待つだけだ」
「ふふっ。とんだ奸臣だな、我らは」
「今は時代の過渡期だからな。多少、仁義や忠義に背くことがあろうと、為さねばならぬことはある」
「違いない」

 二人の魔物スキーは、顔を見合わせて笑うのだった。

 数日後。
 二人の側近は王子を引き連れて街へ出ていた。父王からの信頼厚い古参の家臣が強く奨めるため、夜の外出を承諾したわけだが、やはり不審は隠せない様子。

「……しかしベアよ、こんな夜中にわざわざ私を連れ出して、一体何処へ行こうというのだ」
「王子は、行く行くはこの国のトップに立つお方。これから行くのは『紳士淑女の夢あふるる社交場』でありまして、王子にも見識と知見を広めていただこうと」
「王宮のパーティーなどになら、私もちゃんと出ているぞ。まあ、いつも早めに部屋に引かせては貰っているが」
「それは確かにそうでしょうが、しかし顔なじみというのは多くいて困るものではありません。それに、王子を連れていくのは国王陛下のご命令でもあります」
「まあ、そういうことならいいんだが。私としても、そなたらの事は信頼している」

 穢れなき瞳で素直な好意を示され、さすがの悪人二人もちょっと気が咎めた。表情に出ることは避けたが、何も知らない人間、それも主君を騙しているという意識は、臣下たる二人にとって強い呵責となる。

「父は、そなたらのような妾の無い者たちを『つまらん男だ』だの『甲斐性がない』だの言うが、私はそうは思わんのだ。父のように、妻とは別に女を4人も5人も囲うなど、良識ある男のすることではない。そうだろう?」
「……ええ、王子。全くその通りで……」

 後ろめたさを覚えかけていたところに、急に身持ちの堅さを侮るような言葉を聞かされ、ベアとオクトはついに不退転の決意を固めた。

「一人の妻を全力で愛することを、つまらんだと。甲斐性が無いだと」
「そんな考えのほうが余程つまらんよ。こんな概念
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