その忌むべき手を取れ

 太陽の光も届かない洞窟の奥で、毎日規則正しい時間に覚醒できるのはやはり、大地の恵みとノームの魔力によって人間を超越したインキュバスの特権か。
 光量の少ない横穴の奥で目を覚ました精霊使いの俺は、起床直後の鈍い頭でそんなことを思った。
 隣には俺の愛しい契約精霊、今俺達が暮らしている魔界の創世者たるノーム、マロンが穏やかな寝息を立てている。
草と苔で織り上げた俺達夫婦専用の寝台は、横たわるものを優しく眠りへと導き、そう易々と離しはしない。もともとの性格が大人しく、まるでワーシープか何かのように、眠るという行為をこよなく愛するマロンが、緑色のベッドを俺より先に離れることはほとんど無いのだ。
 そんな彼女の美しい褐色肌や、ピンと尖ってかわいらしい耳、アホ毛のように頭頂から生えた芽などを見ているうちに意識がしっかりしてきた俺は、いつものごとく洞窟を出ることにした。目的は、食料の調達である。
 ねぐらを出ると、鬱蒼と茂った魔界植物のせいで朝でも昼でも薄暗い魔界が俺を出迎える。
天からの太陽の恵みを拒んだこの森は、しかし魔力と精力によって普通の森以上に肥沃に育ち、生命力に満ち溢れている。闇精霊の魔力は俺というインキュバスと交わることで日々増大し、森の植物たちはますます栄え、伸び、その美しさや淫らさを増していくのだ。
 俺の姿を認めたか、そんな魔界植物の代表格とも言える触手植物たちが、茂みの向こうからその姿を表した。
 濃緑色の蔓に男根じみた隆起を浮かべた、生物とも無生物ともつかないその者たちは、侵入者に対しては無慈悲で不気味な捕食者として振舞う。が、俺とマロンのことは「主」として認めているらしく、襲いかかってくるようなことはない。
 それどころか。

「今日も貢物を持ってきてくれたんだね。ありがとう」

 こちらに伸びてきた3本の触手植物たちは、それぞれ先端にバスケットをぶら下げていた。籠の中には近辺で取れる野菜、果物、それらを飼料として育てられた家畜の肉などがたくさん詰まっている。
 付近のアルラウネやマンドラゴラといった植物型魔物娘たちが、ノームの魔力とその恵みに感謝して、こうして食料を提供してくれているのだ。彼女らにとって見れば、俺たちは無尽蔵のエネルギー源のようなものであるため、その魔力で作った作物を一部捧げるぐらい、どうということもないらしい。俺としても、今のところここを離れる理由は無いし、わざわざ労働せずとも食料が手に入るのは嬉しい。美しき共生、理想的な共存共栄といえよう。
 まあ、その辺の交渉は、俺が成し遂げたわけではないし、マロンの功績でもない。では誰かというと、触手たちである。
この魔界が出来てしばらくした頃、目の前の触手たちが一体いかなる手段を用いたか、食べ物を調達してきてくれるようになったのだ。
 口も目もない彼らが如何にして魔物娘たちと折衝したかは、定かでない。まあ結果的に皆が得する形を作ってくれた触手たちを賞賛しはすれ、必要以上に詮索したりするつもりは元より無い。
バスケットを渡し、自由になった触手たちが俺の腕に絡みつき、まるで犬か何かのようにじゃれついて来る様を見ると、細かいことなどどうでもよく思えるのだ。

「いつもありがとうな、みんな」

 そう言って毎日の仕事を労ってやると、耳を持たないはずの触手たちはより一層嬉しげに、俺の両手にまとわりついて来た。
 心底嬉しげに親愛の情を示してくる彼らが、どう俺の言葉を聞き取っているかは分からない。褒めるようなことを言えばこうして喜ぶし、何か要望など伝えればちゃんと答えてはくれるので、どうにかして理解しているのは確かだが。
 見た目こそ悍ましいが、これでなかなか愛嬌があってかわいい奴らなのだ。
 ひんやり冷たい肌を盛んに俺の腕に擦りつけ、一般的な「触手」のイメージからかけ離れた様子で親愛の情を示そうとする彼らの先端を、空いた手で軽く撫でさすってやると、びくんびくんと身を震わせて喜ぶ。ペットの犬ならば尻尾をちぎれんばかりに振っていそうなその様は、それら愛玩動物のように鳴き声をあげないのが不思議なくらいだ。
 とは言っても、いつまでも触手たちと戯れているわけにはいかない。早く食料を持って帰らないと、マロンが目を覚ましてしまうかもしれない。

「じゃあ、また」

 そう言って一歩引くと、触手たちは名残惜しげに引き下がり、先端を緩やかに振った。どこで知ったか、別れの挨拶の積もりらしい。まったく、愛想のいい子らだ。

洞穴に戻ると、マロンは既に目覚めていた。入手してきた野菜や燻製肉を、二人で分けあって食べる。
籠に入っていた野菜や果実は精霊の力によって非常に豊富な栄養を含み、芳醇な味わいを持つ。もちろん魔力も相応に含まれているため、ただの人間が口を付けると、一つ食べ終わる頃に
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