スキュレー・ダークリー

 男女間に恋愛抜きの友情は成立し得るか。
 遙かな昔より男から、あるいは女から問われ続け、未だに確固たる答えの無い、恐らくこれからも解が見つかることは無いであろう問に敢えて挑む積りは、俺には無い。
 ただ、我が妻、スキュラのアイは、俺が他の女と会話したりするのが耐え難いのだ。そこに、俺の恋愛感情、あるいは友情が恋へと発展する可能性の有無などは関係無いのだ、と全身を愛妻の触手で愛され苛まれながら、ようやっと悟ることが出来た。


 事の始まりは数時間前、俺が仕事を終え家路を急いでいた時。道の反対側から声を掛けてくる女が一人あった。
 スキュラの中でも特に嫉妬深く独占欲の強い女を娶ったと知っている人間、特に女性は俺に不用意に近づこうとしないので、おやと思って声の主を見ると、学生時代の同級生だった。

「ラコウ君だよね? 久し振り!」
「ええと……ああ、クルクさん、だったか」
「おおー、覚えててくれたんだ。いや、結構嬉しいかも
 ね、ちょっと話したいことがあるんだけど、そこの喫茶店で一服しない?」

 彼女とは、長年顔を合わせていなかったにもかかわらずお互いすぐに名前を思い出せるぐらいなので、まあそれなりに親しくしていた間柄である。
 とは言っても恋人とかそういうものでは決して無く、知り合い〜友人の、微妙な関係を超えることはついぞ無かった。互いの友人を誘って大勢で遊びにいくことはあれど、二人で何処かへ行ったり食事をしたりすることは、まず無いレベルの付き合いだった。
 そんなクルクが随分親しげな様子なので、俺は何か裏でもあるのかと微かに警戒した。古い知り合いが久しぶりに会いたいと言ってきて、いざ会ってみたら詐欺だったとか、宗教の勧誘だったとか、珍しくもない話である。
 しかし懐かしさには勝てず、またこの辺りを我が妻が普段行き来することは無いため、問題ないだろうと自分に言い聞かせて彼女に同行することにしたのだった。

 二人席について茶など頼む。と、やはりクルクには何か持ち掛けたい話があるようだった。その内容を聞いた瞬間、俺は寧ろ彼女が詐欺師であってくれたら、と大変失礼なことを思ったのだ。

「ラコウ君、確か独身だったよね? 今度、私ら独身者だけでちょっとした同窓会みたいなのやるんだけど、ラコウ君も出てみない?」

 俺が結婚したのはごく最近の事なので、常日頃から付き合いのある人間ならともかく、クルクさんのような旧友には情報が伝わっていなかったのだろう。
 独身男女の同窓会、言ってしまえば売れ残り同士、賞味期限が切れる前にさっさとくっついてしまおうというコンセプトの、ある種お見合いパーティー的な物らしい。
 お互い知らない人間ではないし、近況報告という名目で突っ込んだ話もできる。焼け木杭に火が付く者たちも少なからずいることだろう。婚期を逃しかけている女たちを救済するにはなかなか合理的な案だと思うが、そんな話を持ってこられて被害に遭うのは他ならぬ俺である。クルクさんには悪いが、事情を話して速やかにお引き取り願おうと思った瞬間。

「あんた、こんなトコで何しとるん?」

 聞き慣れた声が耳を打ち、全身が凍りつく。何ら疚しい事はしていない、のだがそんなことは背後の氷姫には関係の無いことだ。

「お前、どうしてここに」

 恐怖に筋肉が強ばり、油の切れた人形のような動きで背後を振り返る。果たしてそこには、人の上半身に異形の下半身を持ち八本の触手を操る妖女、スキュラのアイがいた。

「どうしてって、私の大事な大事な旦那様が知らない女と喫茶店に入っていったから、急いで追いかけてきたんやけど」

 単に不運だったのか、それともアイがずっと俺のことを監視していたのか。どちらが正しいのかは分からないが、どのみち俺の辿る未来は一つしか無い。言い訳する気力すらもない俺を、アイはその触手で器用に巻き取り、完全に拘束した。

「そういうわけで、家のラコウはもう売約済みですんで」
「ああ、ええと……すみません」
「何も謝ることあらへんよ……知らんかったんなら、しゃあない」

 俺を触手で簀巻きにして、荷物のように持ち上げる。自らの所有権を誇示するような仕草を見せたアイは、少し顔をクルクに近づけると、

「ただ、二度目は無いで? ……分かってるやろ?」

 どんな顔をしてそう警告したのか、全身を触手で覆われた俺には知りようもない。ただ、短く息を飲むような、引き攣った声だけが耳に残った。


 帰宅後。
 ずっと触手に巻きつかれ運搬されてきた俺は少なからず疲れていたが、愛欲に狂う妖姫はそんなことを気にも留めない。
 床の、絨毯の上に横たえらられたと思った瞬間には、もうアイの触手が降り注いできていた。
 アイはソファに腰掛け、八本の脚を存分に使えるようにしている。力強さ
[3]次へ
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33