何事も、一人で悩むより誰かに相談した方がいい、そんな当たり前の事を、俺は今更ながらに実感していた。
俺には一人、気になる女性がいた。いや、気になる、などと誤魔化すような単語は使わないでおこう。俺は一人の女性に恋をしていた。その女性は、魔物娘だったのだ。
生まれて以来魔物娘はおろか人間の女性との付き合いすら乏しい俺にとって、その恋心は全く扱いかねるものだった。
しかし、試しに魔物娘を妻に持つ先輩の一人に相談を持ちかけてみたところ、一気に道が開けたのだ。
魔物娘攻略法を伝授してもらったのみならず、今の俺が最も欲する情報、確信を、先輩が与えてくれたのだ。
それを聞いてからは、自分でも驚くくらい早く、決心が着いた。
まるで、限界まで膨らませた風船に一本の針を突き刺したようだった。
今まで思いを秘めてきた時間の長さ、その強さが、突破口を見つけたことにより持ち主の俺にすら制御できなくなってしまっていたのだ。
『向こうもお前のことを、そう嫌っちゃいないってことだよ』
この言葉を聞いた瞬間、俺の心は既に定まっていたのだ。
アドバイスしてくれた先輩への礼もそこそこに、職場へ向かう。今日は休日だが、確か課長は溜まった仕事を消化するために出勤すると言っていたはずだ。今から向かえば、退勤時間には十分間に合うはずだ。
「行動」に酔った俺の脳は、先輩の言葉を疑おうともしなかった。
上手い具合に、俺が職場、課長の居るオフィスに辿り着いた時、課長は丁度仕事を片付けてしまったところのようだった。本来ここに居るはずのない俺の顔を見て、課長の眼が驚きに見開かれる。
「おや、君も休日出勤か? 特に立て込んだ仕事も、無かったと思うが」
「……ええ、まあ、ちょっと……」
「そうか。お互い、大変だな」
幸い、課長は特に不審を抱かなかったらしい。ここまで物事がうまくいくと、逆に恐怖すら感じられる。しかしその恐怖すら、俺の背中を押してくれるのだ。
「課長は、もう上がるんですよね?」
「ああ、一通り片付いたからな。しばらくは休日出勤もせずに済みそうだ」
「なら、これから僕と、どこか食事でも行きませんか!」
言ってしまった。遂に言ってしまった。人と魔物、種族の壁を越える言葉を。体温が下がり、首筋や胸が冷える。奇妙なほど落ち着いた気分の俺は、課長の返答を待つ。
「君の方からそんな風に誘ってくれるとは、私は考えたこともなかったよ。
喜んで、お供させてもらおうか」
四肢の黒い羽毛とは対照的な真紅の瞳に喜色を湛えて、課長は快諾してくれたのだった。
…
……
………
独身男のシミュレーション能力を舐めてもらっては困る。
誰に宣言するでもなくそんな言葉を脳内で転がしながら、俺は前々から眼を付けていたレストランに課長を連れていくことに成功した。人気店、かつ直前の予約だったにもかかわらず上手い具合に二人分の席を取れたことなどで、最早俺には天佑、神の助け、魔王の加護があるとしか思えなくなっていた。
決して安くはないが値段に見合った美味と品を備えると評判の料理を口へ運ぶも、味など分かろうはずもない。課長の艶やかな黒い髪、深みのある濃紫色の翼、照明を反射しルビーのように輝く瞳が、俺の全てとなってしまっていた。気の効いたことも言えずに居る俺を前に、課長はしかし退屈するでもなく失望するでもなく、微笑を浮かべ続けていた。
夢見心地の食事を終え、二人で店を出た後。先輩のアドバイスに従うならば、ここで手を緩めてはいけないのだ。愛の告白、にはまだ早いだろうから、次の予約でも取り付けるべきか、と考えていたところ。
「ところで、君は今晩……まだ、大丈夫なのか?」
「え、大丈夫って……」
「いや、こんなに楽しい食事は初めてだったのでな。君にお礼がしたくなったのだよ」
「それって、つまり」
「もう一軒、今度は私の奢りで、いかがかな?」
機先を制された格好だが、ある意味では、これ以上無い展開なのか、これは。などと頭で考えるまでもなく、憧れの女性からの魅力的な提案を断る選択肢は端から無かった。半ば反射的に頷くと、課長は俺の手を取って、夜の街へと誘うのだった。
連れてこられたのは魔物、特に人間を伴侶に持つ魔物娘達に絶大な人気を誇るという酒場だった。マスターと顔馴染みらしい課長は、初めて課長と手を繋げたことで正気を失いかけている俺をカウンターの端に引っ張っていくと、聞き慣れない名前の飲み物を二人分注文した。
店内には俺達の他にもカップル、特に魔物娘と人間の組み合わせが多く入っており、それぞれにそれぞれの世界へと浸っているようだった。カウンターの向こうから、派手で露出度の高い、踊り子のような衣服を纏った青い羽の鳥人が課長に話しかける。
「その子
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