王者の技

 冒険者兼傭兵とでも言うべき生活を長く続け、自分の武力を切り売りして日々の糧を得ていた俺のような人間は、常在戦場、起きているときは勿論寝ている時ですら剣をとって戦いに臨めるように自らの身体を鍛え上げている。
 とは言っても、ある時突然自分の残りの人生全てを賭けた決戦をしろと迫られてはいそうですかと得物を取れるほど俺の心は無機質でもない。眼前の少女が振るう大剣を躱しながら、俺はどうにか雑念を払い戦闘行動に集中しようと四苦八苦していた。


 事の始まりは数十分前。一日の仕事を終え酒場で寛いでいた俺の安寧を破るがごとく、俄に街道が騒がしくなったのだ。市民たちは街路を逃げ惑い家に篭り、襲い来る何かから逃れようとしている。
 間を置かず、街の反対側から鬨の声、破砕音、地面を揺るがすかのような足音が響いてきた。いくらか平常心を保った避難民に話を聞いてみたところ、アマゾネスの集団が狩りにやってきたらしい。奴らは時折この辺りで男をさらい、自分たちの集落へ連れ去ってしまうというのだ。
 そんなところに家を構えようとは、ここらあたりの住民は警戒心が無いのか、それともなにかこの街を出られない理由でもあるのか、などと思っていると、アマゾネスの群れから一人、一際動きの素早い女が飛び出してきた。弾丸の如き速さでこちらに突っ込んでくる捕食者から逃れるべく、俺も避難民に紛れて家路に着こうとした時。その女と目が合った。
 身の丈ほどもある大きな両刃剣を担いでいるとは信じられない速度で、女が走る。その目は明らかにこちらを、俺を見据えている。狩りの興奮に染まった瞳に一瞬射竦められた俺の前まで来ると、女はこちらに剣を向け、言った。

「私は誇り高きアマゾネスの狩人、シャッス!お前を夫として迎える女だ!」

 思考が凍る、とはこういう事か。突如現れた、褐色の肌に呪術的な紋様を浮かべた女に求婚されることを想定して日々を生きる人間などまず居ないであろう。近くで見ると、女というよりは少女に近いそのアマゾネスは、更に続けた。

「婿取りの前に、まずはお前の名前を聞かせてもらおうか」
「俺の名前はレイ……って、婿!?」
「そうだ。お前に異存がないなら、このまま共に行こうではないか」
「男狩り、か。……拒否権は、無いのか」
「無くはないぞ?お前の持っているその刀は飾りではあるまい。私のものとなるのを拒むなら、剣技で私を打倒してみるがいい」

 そんなわけで、俺の意志を全く無視する形で、人生の墓場行き片道券を賭けた決闘が、始まってしまったのだ。



 大剣を構えて半身になるシャッスに相対して、俺は刀を青眼に構えていた。何合か打ち合って分かったのは、この戦いはかなり厳しいものになるであろうということだ。
 巨大な剣を、両手で持っているとはいえ軽々と棒切れのように振り回すシャッスの膂力は文字通り人間離れしている。あんな物をまともに食らったら、良くて骨折悪くて絶命。刀で受けるのも恐らくこれ以上は無理だろう。
 更に驚異的なのはその足捌きである。胸乳と股間を隠す最小限の布切れのみをまとったその身体は猿の如く駆け、飛び跳ね、襲いかかる。縦横無尽に振るわれる鉄塊は武器であるとともに強力無比な防壁となり、俺に与えられる打突の機会は殆ど無い。
 流石は生まれながらの狩人、と感心する間もなく、再び斬撃が襲い来る。上段の構えから腕力と引力に任せて超重武器を叩きつける攻撃は、単純故に隙がない。間一髪のところで回避し、バックステップで距離を取る。

「どうした?避けてばかりではどうにもならんぞ」
「うるせえ……」

 言葉を待たず、再びシャッスが剣を担いで突撃してくる。元より回避以外に選択肢の無い俺はぎりぎりまで動かず、相手が剣を振り下ろし始めた瞬間を狙って横方向へ逃れる。その重さ故一度動き始めた物を振りきらず途中で止めることはできまいと考え、後の先を突く。狙うは左腕。今剣の重量を受けているのは彼女の両腕のみ、筋に軽く切れ目を入れてやるだけで容易く断裂するだろう。
 しかし、シャッスの振り下ろした剣は下まで振り切られること無く途中で静止し、其のまま俺の方へ水平に薙ぎ払うような軌道で振るわれた。俺の打突に反応して打ち下ろす運動を中止し、斬り払う運動に転化したというのか。無茶苦茶だ。
 刀と大剣がぶつかり、鋭い音を立てる。咄嗟に峰を剣に向け、右手を離し刀全体を倒すようにして大剣を受け流し衝撃を分散。どうにか耐えてくれた刀を構え直し、ガラ空きになったシャッスの上体に斬り掛かる。
 しかしそれでも、俺の斬撃をシャッスの回避は速さで上回った。後方へ退避され、本来ならば鎖骨を断っていたであろう俺の刀が捉えたのは布一枚、彼女の胸乳を覆っていた毛皮のみだった。
 谷間の辺り、細くなっている部分を切られた上衣がはらりと
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